もちろん幼稚園、小学生の頃から
今思えば
嫌な目、理不尽な目に何度もあっているけれど
子供だから自分の家が当たり前であり
その家のルールだったり
自然と過ごしている環境を
誰も疑問に思ったりはしないよね。
辛いな、
嫌だな、
と、
どこかで思いつつも
毎日、毎日が当たり前の日々であり
親が変だとか
おかしいとか
うちってもしかして違う?
って気づくのはずーっとあとになる
後から思い出してみると
そういやあ、あんなことがあった、こんなことがあったと。
多分誰もが
毒親
という概念に気づくのは
かなり後になってからなんじゃないだろうか
ワタシもご多分に漏れず
はっきりわかったのはかなり大人になってからだけど
そしてその酷さに呆れたのも更に後になってからだけど
この前ふと思い出したことがあって
それは
中学二年の時に賃貸から一軒家に越した時
それまでは3LDKの部屋がそれぞれ繋がっていたし
常に誰かがいる状態だったのが
一軒家になり
二階に子供部屋ができたことで
ワタシと妹はそこにこもるようになった
元来、毒父は子供が嫌いなので
我々が近くでしゃべったり騒いでいることすら嫌いだから
なにかというとすぐ
「おまえらは二階(子供部屋)に行け」
と命令されていたから
ご飯が終わったり風呂から出たりしたら
もう
自動的に
当たり前のように2人で二階に上がるのが常だった
毒父の雲行きがおかしい
とピンときたらさーっと二階に逃げていた
そんな感じで
妹と2人で上に行ってしまうと
階下でどんな状況が繰り広げられているのか
を、考えたことはなかった。
ある時、
もう理由も、何も覚えてはいないけど
何かわけがあって
ワタシは深夜に階下に降りていったことがある。
妹は熟睡していたが
深夜と言っても多分23時とか24時とか
自分らは寝ているけど親2人はまだ起きている時間帯だった。
子供である我々は必ず21時に寝ることになっていたので
眠かろうが眠くなかろうがぴったり21時からは二階に行かされ
例外はなかった
どんなに楽しかったとしても
年末年始だろうと
例外はなく
21時に子供は二階へ行く決まり
トイレは二階にもあるので
トイレで起きたのではないはずで
体調が悪かったか、おなかが空いたか、
まあ眠れないから起きてしまって下に降りたのだろうけど
毒親2人は、ワタシと妹が二階にいるという認識の状態の時間帯
やつらは夢にも
ワタシが下りてきてるとは思っていない。
その時、
階段を下りて、そっとリビングに通じる中扉を少し開けたら
毒母と毒父の声が聞こえてきて
ワタシの悪口を言っていた・・・
ワタシの行動を馬鹿にしていたし
薄笑いでワタシの性格をけなしていた
しかもやってもいないことで
勝手にワタシが悪者になっていた
実際は全くそんなことではなかったし
明らかに誤解なのに
いいようにワタシが悪者として扱われていて
誤解だよと言い訳したい気持ちでいっぱいだったが
親が悪口を言っている
という事実に驚いてしまい
ショックで
そっと扉を閉めて急いで二階に戻ったのを覚えている
あの時
親は全面的にワタシのことを信頼したり
愛情をもっているわけではないのだ
と初めて知ったと思う
他人のような
住んでいても家族じゃないという感覚は
多分この時から
表向きそんなことは微塵も感じさせず
ニコニコして
味方なのよという態度をしていたにもかかわらず
全く別のことを話していた
それだけで
中学生のワタシにとってはとてつもないショックだった
全面的に信用していた人たちが裏切ったという感覚
家族だと思っていたひとたちが
裏で悪口を言っていた
それは体験したことがない感覚だった
今思えば
あの瞬間が
子供ながらに
彼らを別人格と疑い始めた瞬間で
心から信用してはいけない、と思い始めた瞬間で
もう純粋ではいられない
両手を広げて全面的に人を信頼するという気持ちを失った瞬間
世の中を信じたらいけない
人は嘘をつく
人は裏切るし
自分に優しくしたりしてくれる人だとしても
信じたらいけないよと
自分以外誰も信じるな。
と
教えられた瞬間だった
あれが
毒親のはじまりだったのだ。
夏と秋がまざった空。
