毒母の実の妹の旦那さん(つまりワタシにとって叔父)は
とても面白い人でした
といっても
今だからそう思えるのですが・・
ワタシがまだ子供時代~30代くらいまでは
毒母の言ってることを疑問なく信じていたので
この叔父さんは「変わり者、変態」な人物だ、
と信じ込まされていました。
実際自分がその当時のその人の年齢になってみると
彼はまるで変態でもなければ変わり者でもない
ただ多少個性的というか面白い独自のエピソードがあっただけです。
でも
毒母に常に
「あの人はおかしい、変わり者だ、変なことばかりしている」
近寄るな危ない、あんな人と関わってはならぬ
と吹き込まれていたので
ワタシも(多分妹も)それを信じていて
叔父さんに話しかけられると適当にあしらって逃げる、
という行動をとっていました。
それを思い出すとその人に大変申し訳なかったと思います。
音楽がとても好きだったようで、
それを大音量で聞きたいから、と
廃車になったバスを購入して
空き地にそれを置いて、
中をリスニングルームに改造して使ってたんです。
そういう面白い個性的なことをやる人でしたが
それを
「変態」とレッテルを貼っていた毒母。
息子二人にもとても個性的な名前をつけてました、
多分日本でひとりとかふたりいるかいないかっていう名前。
(DQNネームです、今でいう)
確かに普通の人か?というと普通の範囲ではないかもしれないけど
そんな程度の個性、今ならいくらでも認めてもらえますよね。
今じゃなくてもね、
誰がどう思うか、ですから
もしワタシが毒母の立場(義弟)だったら
「面白い事考えるね!音楽がホントに好きなんだね!」
と褒めていたと思います。
それを毒母がとらえると「変人、変態」なわけですよね。
だからといってそれを子供たち(ワタシと妹)にそういう風に吹き込んで
悪人と思わせ、その人を非難しろ、近寄るな、と指示し
毒母と同じように思うようにコントロールしていたのは許しがたいです。
思い返すと、そんなことばかりですよ。
誰かを毒母が褒めてたなんてことはまあ一度もなくて
悪口を言い、誰かを貶めることばかりでした、
人を下げることしかしていなかった。
そしてこの人はこんなひどい奴だからあなたたちもそう思いなさい
とばかりに洗脳されていました。
ワタシは高校を卒業したあと
自分で少しバイトで稼げるようになってから
旅ばかりしていました
家から逃げたくて
妹がわがままを言うと
それを嬉しそうにきいてやる毒母
それを見るたびに
そういう母子の場面を見ているのが嫌で
いつも遠くに行きました
でもまだ一人暮らしとか
何か手に職をつけてなんとかしてやろうとか
そういう知恵はなくて
バイトをしてお金を貯めたら海外に行く、
数か月から半年とか・・行きっぱなしで帰らず
お金が尽きたら戻る
また稼いでまた海外に行く
ということを、20代前半でやっと
やりたい仕事が見つかった時まで
ずっと繰り返していたんですが
あの叔父さんだったらきっと褒めてくれていたんじゃないかなと
今では思います
そういう行動力とか面白いことを考えて行動に移していたワタシを
あの叔父さんなら褒めてくれたと思うんです
賛同してくれたと思います
個性を認めてくれていたんじゃないかと思います
むしろ
やりたいように生きるんだよと
きっとあの叔父さんなら背中を押してくれたと思います
海外に出ていくたびに
バカじゃないのかと毒父に罵声を浴びせられ
毒母には「自分のステータス」として「海外にいる娘を持つ母」
として利用され
誰も
「なぜこの子は遠くにばかり行きたがるのか」
とは一度も考えることもなかった毒親たち
一人旅を繰り返して
孤独と闘って
だからといって実家に帰ると
外にいるよりも更に孤独だった自分
若くて考えが浅くて
どうしてよいかわからず
相談する人もいなくて
ただひたすら海外に逃げて
その時間だけはたとえ孤独でも生きている気がして
経験したことのないことを体験する楽しさ
人が暖かくて(時にはひどい目にもあいますが)
実家では味わえなかった人と人とのつながりや
友情や愛情を感じられる世界
でも個性を認めてくれたり
自我を認めてくれたり
褒めてくれたりする世界の人たち
そういう広い世界に出ている時だけ
自分が自分でいられて
こんな自分でも生きていていいんだと
愛される価値があるんだと
世界は広いから
家の事なんか忘れて
自分の人生を生きればいいんだと
そういう風に教えてくれる外の世界
でも実家に戻ると
また妹と毒母のやりとりを見せられ
自分はただの召使に逆戻り
毒母に制裁を食らわされるのを恐れて
顔色ばかり窺っていたワタシが
海外にいるときだけは自由で素直で
自分でいられる
だから繰り返し繰り返し
外の世界に出て行っていたのだと思います
そういう事を含め
あの毒親たちのことを自分がちゃんとかみ砕いて理解していて
もしあの叔父さんに話していたら
人生変わっていたんじゃないかなと思います
あの人ならきっと味方になってくれていたことでしょう
今ならわかります
そう
おじさんにはニックネームがありました
みんなから、たーちゃん、と呼ばれてました。
叔父さんをふくめ
毒母の妹さん(ワタシにとって叔母)は
今どこでどうしているかわかりません
生死も不明です
毒母が妹さんを嫌って
絶縁したからです
この毒母、
何人と絶縁すれば気が済むんでしょうね。
ホント地獄に落ちればいい。
たーちゃん、どこかで元気にしていますか。
