多分、
「許せない!!」
と毒親持ちの方が1番思うことの共通点は
こっちは死ぬ思いしたり
悲しかったり辛かったり悔しかったのに
毒親たちはまるでそのことを覚えていない
ってことじゃないだろうか。
(もしくは覚えているくせにしらばっくれる)
ワタシもそれ、数々あれど
やっぱり小学生から中学頃に起きた事件や
親からされた嫌な体験、言われた嫌なこと、
辛かった出来事はいまだに忘れることができない。
子供であればあるほどその時は
純粋で純真で大真面目で
心から優しくて
何も知らなくてわからなくて右往左往していた当時の自分が
気の毒でならない。
今なら廻し蹴りのひとつでも食らわすところだが
怒られたり嫌なこと言われた時に反論もできずに
おとなしくただひたすら耐えていた当時の自分が可哀想過ぎるのだ。
そういえばふと思い出したのだが
小学校の低学年の時、
一応、毒母は授業参観に来たことがある。
覚えている限り、たったの1度だけだ。
家に帰ったら
普通のご家庭では
「今日手を挙げて発表してえらかったね!」とか
「上手に答えられてすごいね、ママ誇らしかったよ~!」
なんてことを親子で話すというか
なんかそういう話になるんじゃないかなと推測するのだが
うちの場合、帰宅後にこういう会話が繰り広げられたことを
ワタシはしっかり覚えている。
毒母「〇〇ちゃんのお母さんに、若いわね~!って言われちゃった!」
ワタシ「そうだね、見に来てたお母さんの中で一番美人だと思うよ!」
(子供なりに常に、彼女が容姿を褒められると上機嫌になるのを知っていた)
毒母「あら、そうかしら~!確かに他のお母さんしわが多かったり汚い服着てたわね」
ワタシ「そうだね。あのね、発表するときに手を挙げたよ、さされなかったけど」
毒母「あの先生、何歳?独身よね?今度家庭訪問に来るかしら?」
ワタシ「・・・・そうかな、わからない」
毒母「前に出て黒板になんか書いたりしてた男の子のお母さん、
結構年いってるわよね~遅く子供産んだのかも!」
ワタシ「・・・・」
毒母「ひとりだけお父さん来てた人いたわよね!変よね!離婚したのかしら?」
ワタシ「・・・・」
毒母「今日この口紅つけてたんだけど、老けて見えなかったかしら」
ワタシ「大丈夫、一番美人だったから私も友達に自慢したよ!」
(毒母上機嫌・・・)
この人にとって授業参観って
他の同年代の女たちの中に飛び込んで
自分がいかにその中で美しいかってことを確認する作業だったんだろうと思う。
本気でタイムマシンがあれば、と思う。
昔の自分に会いに行って、
あなたはそのままでいいんだよ、
親が愛してくれなくても関心を持ってくれなくても
あなたには価値があるんだから
と伝えてきたい。
