ブログを最後に更新してから2ヶ月が経過してしまった。
震災の影響で仕事が急に忙しくなって,過労気味ではあったけれど,健康状態はかなり良好な状態。病気だけど元気ということなのか。
4月24日。血液検査の結果が良好なため,Xelodaの3コース目を開始した。同じ日に,4月3日に実施した造影CTの画像診断結果も聞いた。骨髄抑制は起きておらず,肝機能の一部(γ-GTP)を除いて異常なし。画像診断の結果も異常所見なしとのこと。
Xelodaの副作用として,手の甲の色素沈着と手のひら・足の裏に角質化が現れている。特に角質化は酷く,保湿剤をしこたま塗っても改善は見られない。近いうちにひび割れ状になるに違いない。また,何かを強く握ると手のひらに灼熱感がある。が,いまのところ生活に支障は無い。
4800mg/dayを二回にわけ朝食・夕食後に服用。これを14日間つづけ7日間休薬。これが1コース。自分の場合これを8サイクル繰り返す予定。現在,行程半ばで手足症候群・皮膚感覚異常の副作用が強く出始めている。全行程を消化できるだろうか。
中止・完了,何れにせよこの治療が終了した場合,経過観察という形でサーベイランスは継続される。おそらく,90日に一度の造影CTと血液検査を継続することになるだろう。再発があった場合でも,運(タイミングや場所)が良ければ,前回のように直ちに外科手術適用とされ摘出を試みることになるだろう。仮に運が悪ければ「今後は化学療法に期待することになります」ということになるかもしれない。
「化学療法に期待することになります」このセリフは2度聞いている。手術の前の説明の中に「播種病変を認めた場合」という項目があって,このばあい直ちに閉腹し・・・とあり「化学療法に期待することになります」と結ばれていた。さいわい、これまでは切り抜けてこられた。
震災の影響で急に忙しくなったり,通信環境の良くない場所へ出かけたり。理由はいろいろあるのだけれど,こういったブログの更新が停止すると知人友人に心配をかけてしまうことを再認識しました。
ごめんなさい。病気だけど元気にしています。
手術からおよそ8週間経過した。
退院して6週間になる。
退院するなり仕事が忙しく,痛み止めを使いながら何とか仕事をこなし
帰るなりバタンキュだった。忙しいほうが痛みを感じる暇が無く
却って楽なのかもしれない。
退院後はじめての胸部外科の診察のとき,病理診断の結果を知らされた。
摘出した組織は大腸がんの肺転移と見て良いということ。
左肺から摘出した組織は,術前のCTでは10mm前後と見られたが
実際は16mmあった。が,摘出した組織の外縁部にがん細胞は見られないとのこと。
その後,内科の診察を受け今後の治療の方針を決めた。
「化学療法は行うが,注射薬は使 いたくない」これが自分の希望。
なので内服。Xelodaを選択した。
ここで今,手加減したことで今後どうなるかは分からないが
半年間に3度入院し,2度手術し,そして今も副作用で動きが取れないとなれば
社会的立場が危うくなる。失職するようなことになれば大事件だ。
CapeOXは良く効いた。内科の先生は,今回もエルプラットを使いたかったようだ。
でも,白金製剤はせいぜい40コースまでしか使えない。
こっちとしては,選択肢として残しておきたい気持ちだってあるのさ。
退院して6週間になる。
退院するなり仕事が忙しく,痛み止めを使いながら何とか仕事をこなし
帰るなりバタンキュだった。忙しいほうが痛みを感じる暇が無く
却って楽なのかもしれない。
退院後はじめての胸部外科の診察のとき,病理診断の結果を知らされた。
摘出した組織は大腸がんの肺転移と見て良いということ。
左肺から摘出した組織は,術前のCTでは10mm前後と見られたが
実際は16mmあった。が,摘出した組織の外縁部にがん細胞は見られないとのこと。
その後,内科の診察を受け今後の治療の方針を決めた。
「化学療法は行うが,注射薬は使 いたくない」これが自分の希望。
なので内服。Xelodaを選択した。
ここで今,手加減したことで今後どうなるかは分からないが
半年間に3度入院し,2度手術し,そして今も副作用で動きが取れないとなれば
社会的立場が危うくなる。失職するようなことになれば大事件だ。
CapeOXは良く効いた。内科の先生は,今回もエルプラットを使いたかったようだ。
でも,白金製剤はせいぜい40コースまでしか使えない。
こっちとしては,選択肢として残しておきたい気持ちだってあるのさ。
てんこ盛りに使った鎮痛剤や消炎剤の副作用で
術後一度も便通なし。いやな予感がするので昨夜就寝時に
ラキソベロンを飲んだのだが、疝痛があるのみで兆候がない・・・。
0900 回診。ドレインの量は極端に減り、色も薄い。
今日の胸部撮像によっては左ドレインも抜去とのこと。
身軽になる。
1010 胸部X線普通撮影
1100 左ドレイン抜去
硬膜外麻酔のカテ以外すべて抜けた。
超身軽。
胸帯を新品に交換し、体も拭きまさに身軽に腕をぶんぶん振って歩いてみる。
非常に気分がよいが、筋肉だけがひどく痛む。
1530 見舞い。もう話題は退院の話ばかり。
「今回もすべてうまくいった」と初めて感じた。
酒でも飲みたい気分だが、もう少しの辛抱。
呼吸訓練を再開したのだが、術前およそ6000ccあった肺活量は
2300ccにまで減少している。痛みで胸が膨らまないせいもあるのだろうが
言われていたように肺が縮んでしまったようだ。
今はともかく、機能回復に努めよう。
術後一度も便通なし。いやな予感がするので昨夜就寝時に
ラキソベロンを飲んだのだが、疝痛があるのみで兆候がない・・・。
0900 回診。ドレインの量は極端に減り、色も薄い。
今日の胸部撮像によっては左ドレインも抜去とのこと。
身軽になる。
1010 胸部X線普通撮影
1100 左ドレイン抜去
硬膜外麻酔のカテ以外すべて抜けた。
超身軽。
胸帯を新品に交換し、体も拭きまさに身軽に腕をぶんぶん振って歩いてみる。
非常に気分がよいが、筋肉だけがひどく痛む。
1530 見舞い。もう話題は退院の話ばかり。
「今回もすべてうまくいった」と初めて感じた。
酒でも飲みたい気分だが、もう少しの辛抱。
呼吸訓練を再開したのだが、術前およそ6000ccあった肺活量は
2300ccにまで減少している。痛みで胸が膨らまないせいもあるのだろうが
言われていたように肺が縮んでしまったようだ。
今はともかく、機能回復に努めよう。
未明
残っている左肺のドレインあたりに激しい痛み。
血液様の排液多量。止血剤の点滴開始。
呼吸のたびにあまりに痛むため、呼吸が浅くなり苦しい。
NSAIDsに加えてコデインリン酸塩錠・合成麻薬系の点滴追加。
それでも「イタイイタイ」と大騒ぎした(様な気がする)
0900 回診では経過観察の指示
1015 胸部X線普通撮影
肺の撮像に問題ないらしい
排液量が減ってきた。
1630 母親の見舞い
「死ぬかと思った」と話したが笑われた。
1730 最後の止血剤が終わると抜針。
夕食後からガスタの処方開始。
毎食後のロキソニンの間に、日に3回コデインリン酸塩錠処方される。
痛みから解放されるが・・・腸の動きが鈍るのではと心配。
マーカイン脊髄麻酔も持続注入しっぱなしだ。まさに薬漬け。
残っている左肺のドレインあたりに激しい痛み。
血液様の排液多量。止血剤の点滴開始。
呼吸のたびにあまりに痛むため、呼吸が浅くなり苦しい。
NSAIDsに加えてコデインリン酸塩錠・合成麻薬系の点滴追加。
それでも「イタイイタイ」と大騒ぎした(様な気がする)
0900 回診では経過観察の指示
1015 胸部X線普通撮影
肺の撮像に問題ないらしい
排液量が減ってきた。
1630 母親の見舞い
「死ぬかと思った」と話したが笑われた。
1730 最後の止血剤が終わると抜針。
夕食後からガスタの処方開始。
毎食後のロキソニンの間に、日に3回コデインリン酸塩錠処方される。
痛みから解放されるが・・・腸の動きが鈍るのではと心配。
マーカイン脊髄麻酔も持続注入しっぱなしだ。まさに薬漬け。
何かを書こうとしてもま とまらない。
字を思い出せなかったり
何を書こうとしていたか忘れたり。
鎮痛剤と硬膜外麻酔がよく効いていて
傷の痛みはほとんど感じない。関節と筋肉が痛むだけ。
そうこうしている間に夜が明け
意識が明瞭になった頃に昼食の時間となった。
食後に激しく傷が痛んだ。急に。ボルタレンの座薬を追加。
夕に右胸腔のドレインを抜去。左ドレインは排液多量。
血液に近いものが出ている。
見る見る排液のカートリッジが満タンになる。
何重にも使用している鎮痛剤のせいで
傷の痛みはまるで感じない。筋肉だけ痛い。
夕食はほとんど食べられrなかった。
(頭がぐらぐらして座っていられなかったし)
字を思い出せなかったり
何を書こうとしていたか忘れたり。
鎮痛剤と硬膜外麻酔がよく効いていて
傷の痛みはほとんど感じない。関節と筋肉が痛むだけ。
そうこうしている間に夜が明け
意識が明瞭になった頃に昼食の時間となった。
食後に激しく傷が痛んだ。急に。ボルタレンの座薬を追加。
夕に右胸腔のドレインを抜去。左ドレインは排液多量。
血液に近いものが出ている。
見る見る排液のカートリッジが満タンになる。
何重にも使用している鎮痛剤のせいで
傷の痛みはまるで感じない。筋肉だけ痛い。
夕食はほとんど食べられrなかった。
(頭がぐらぐらして座っていられなかったし)