この時期、なかなか自由に移動できず情報が希薄。
世の中、恣意的に操作されていたのは間違いない。
2021年11月
1日 月曜日
ピンゾロデイ、大黒埠頭ではAE111レビン・トレノの特に後期型が集う一日(前期型は1月11日)、だがそんなことは関係なく仕事で熊谷へ、そして何かと話題になっていた深谷見物へ行くも、その前に熊谷駅付近でラーメンを食す。
来来亭熊谷店。1337
熊谷駅から線路を愛でる。1437
人工物に究極の美があるとするなら、それは線路かもしれない。
深谷駅到着。1437
北口。
南口。
高崎線は、渋沢栄一がこの地に煉瓦工場を設立し、そこで作られた煉瓦を東京駅建設のために運ぶ鉄道路線を敷設したことが始まり。
そういうこともあり、深谷駅は小型東京駅という風情の佇まい。
駅前に流れる川。1449
向こうに神社が見える。
お参りしたが、写真はない。
一旦、駅へ戻る。1455
さて歩こう。
駅の東側。
駅の北をぐるっと回って南側で見つけた上水道の施設。1505
横位置失礼。
グルっと歩いて北口へやってきた。1549
深谷から乗って籠原で途中下車。1605
籠原駅北口は、絶賛再開発中だった。
駅前の居酒屋でハイボール。1613
軽く引っ掛けただけで外へ出る。
古い建物と新しい建物が混在しているカオスな状態を眺める。
駅に戻り、飲みに入った居酒屋を俯瞰。1625
籠原にまた行って現在の発展を拝みたいものだ。
その後、熊谷へ戻って飲み歩いて夜が更けていった。
2日 火曜日
仕事で熊谷から観光バスに乗って日光へ。
帰りのバス内でお土産のどら焼きを食す。1559
熊谷に着いたら、自分のクルマで栃木へ帰宅、なんか虚しい。
6日 土曜日
JCL大田原ロードレース観戦のため、バイクで移動。
栃木県内だが未踏の道を選び、若干間違えながらも駐車場到着。
すでにほぼ満車、バイクでよかった。
そこから少し歩き、スタート/ゴール地点到着。1106
時節柄、飲食ブース無し、昼飯抜きか、辛いな。
これの正式名称を知らないが、つまり参加者全員がサインを書くところ。1108
ピットの光景。
今は無き那須ブラーゼン、切ない。
計測チップの信号を受信するアンテナ。
マトリックス。
ここに反映される。
ロードレースのスタート直前。1159
ゴール直後。1445
2024年、良くも悪くもJCLのレースはない。
15日 月曜日
ウォーキング。
深まる秋。1434
納屋のお宝。1507
動くように直すのも大変そう。
SLキューロク館にて、スハフ44。1513
16日 火曜日
17日 水曜日
仕事で熊谷へ前乗り。
その道すがら、少し遠回りして寄り道した道の駅童話のふる里・おおとね。1308
定休日だったような記憶が。
熊谷のホテルにチェックイン。
故障で有名なスマホが具合を悪くし、せめて熱を冷ますため冷蔵庫へ放り込む。
ホテルの近くでデボネア発見。
18日 木曜日
またもや熊谷から日光日帰り、そして夜に栃木へ帰宅、虚しい。
20日 土曜日
これを見に行った。
24日 水曜日
またまた熊谷、途中で立ち寄った小山氏のラーメン屋。1331
熊谷到着、チェックイン後に荒川を散歩。1616
夕食はケバブ。1824
25日 木曜日
熊谷→日光→熊谷→帰宅、虚しい。
26日 金曜日
近所をドライブしたらしい。
どっかの寺。1428
友人に誘われて立ち寄った新規開店の横浜家系ラーメン。1445
リピートしていないと付け加えておこう。
28日 日曜日
ウォーキング。
オリパラ印のアクエリアス。1434
指先がチラリ。1453
地元の恩師。1522
流れるものならずっと見ていられる。1525
深まる秋。1529
秋の日は釣瓶落とし。1540
ブリッツェン。1540
そして、次の旅が始まるのです。