章前

 

 

2025年5月

18日 日曜日

さて、消費したエネルギーを回収せねば。

いただきます。1321

ここはイベントメイン会場のすぐ近く、いくつかの飲食ブースが出ております。
残念ながらアルコールは見るだけ、ビール飲みてえ。

腹を落ち着かせた後、駐車場に戻り着替えを済ませキャンプ場に残していたテントその他を撤収。

窪田の海に別れの挨拶。1516


島を横断して両津へ向かうが、Google先生が過去と異なる繁華街を迂回するルートを示したので従ってみる。

オートバックスに寄った記憶はあるが、何か買ったかな?
何か買ったよな?

オートバックスに寄りたかったから異なるルートになったような記憶も。

五時間ぶりの両津港付近。1633


いつもの干物屋でスルメイカの一夜干しを購入、ロングライド終了組の客でまあまあ混んでいた。

 

ここきっかけでスルメ一夜干しの虜になり地元でも買うようになったのだが、太平洋のスルメはインパクトが少なめ。
 

最終便のフェリーまで時間があるので、フェリーターミナル散策。
六年ぶりに入ってみると店舗が幾つか入れ替わっていた、コロナ茶番が世の中を変えてしまったようだ。

土産を探して酒と塩を買う。
なぜ塩を覚えているのか、それは一年以上未開封でその辺に転がっているから。

腹が減ったが飲食店はかなり混雑、フェリーで食べることにする。

ということでターミナル内の大冒険。1813

下に並んでいる軽自動車たちはレンタカーだろうか?

フェリー一番乗りの場所に停車していたので、後続へ迷惑を掛けぬよう乗船時間に余裕を持ってクルマに戻る。1816


そして有り付くラーメンとあれ。1908


つくねをドン!


新潟港も近づき車両甲板に降りる。2151

フェリー内移動用のチャリかな?

新潟港に到着すると時間も時間なの余計なことせず帰ることにするが、ガソリン残量が心許ない、コンビニでコーヒーを買い、駐車場で近くのガソリンスタンドを探す。

大きな街なので、それは簡単なお仕事でした。

北陸自動車道に乗り慌てず騒がず先を急ぐ、慌ても騒ぎもしないが急ぐんだな。

燕市

栄パーキングエリアは改装中だった。2250

長岡市

越後川口サービスエリア、誘惑に負けてソースカツ丼。2344

こんな時間だけど、自転車乗ったからチャラだよね?

5月19日 月曜日

南魚沼市

塩沢石打サービスエリアにて休憩。0039

眠気覚ましのコーヒー購入。

運転を再開するが、血糖値が上がって眠い、危ないからすぐに休む。

群馬県に入り下牧パーキングエリアで仮眠。

仮眠から覚め、空が少し明るくなることろに無事帰宅、が、家で些細なトラブルに見舞われガレージで就寝、シャワー浴びたかった。。。

そして、6月の旅が始まるのです。

章前

 

2025年5月

18日 日曜日

ロングライドの日

イベントの朝は早い、とはいえ過去の210kmコースから程よい距離の130kmに変更していたのでスタート時間も遅くなる。

豆大福を食べてエネルギー補給、着替えてスタート地点へ移動。


ご覧あれがスタート・フィニッシュラインだよ。0542
あれ、まだ見えてねーや。

それにしても参加者少なくないか?
と思い、後日調べてみたところ参加人数上限が二千人となっており、以前と比べると千人ほど減っている。
ふむ、フェリーの予約に余裕があったのもそのためか。

ロードバイク人気も過去のできごとということで。

スタートラインが近づき空も明るくなってきた。0548


あっちは楽しそうだな。0559


いよいよスタートラインが見えてきた。0608

MCの皆さんは時折ヘルメットの顎紐チェックを訴えて、顎紐ゆるゆるが多すぎ問題を喚起していた。

さあスタートです。
先は長いし、向かい風も強めなのでペースを上げずにゆったりと景色を眺めながら体温を上げるペダリングを意識する。

沿道には地元の方達が、それぞれのスタイルで参加者にエールを送ってくる、嬉しいね。
手を降っている人にはこちらも手を振り返す。

スタートから約20km、最初のエイドステーション到着。

 

 

名物わかめ蕎麦。0659


そしてラーメンもいただく。

ファンライドイベントは、このようなサービスに頼れるので朝食は消化が良く、ハイカロリーな食べ物をちょっと食べるだけで十分。

ボトルにスポーツドリンクなどを補給し、サドルにまたがる。

いくつかのアップダウンを通過するたび実感する、リア12速は衰えた足にとても優しい。

トルクの出ない貧脚をインナーローに救われつつ、のんびりとヒルクライムを続けていると、最初のエイドステーションに辿り着く前にもオイラを追い越して行ったクロモリロードバイクに再び追い越された。
あれだけの強者を走行で追い越せることはない、蕎麦のおかわりが捗ったのかな?
などと逡巡したが、とにかくあのパワーを羨みつつ一気に駆け上る背中を見送る。

ヒルクライム後のご褒美、長めのダウンヒルが始まると向かい風もあって体が冷える。
見通しの良い場所に自転車を停め、バックポケットから取り出した防風ベストを身に纏う。

 

↑全面反射で夜道も安心

ダウンヒルが終わる頃には進行方向が風下となり、ハイケイデンスで速度が上がる上がる(制限速度付近とお茶を濁しておこう)。
数年掛けたペダリングの矯正(ライド頻度が低いもので時間がかかる)がここで真価を発揮し、そこいらの雑魚共をぶっちぎる。
脳内には持ちの良いホルモンがドバドバ分泌され、見事ゾーンに突入し世界が虹色に染まって行った。

単独で軽快にペダルを回していると、そこそこ長さのトレインに追いつく。
最後尾に張り付いてトンネル通過、トンネル内の集団走行は少しおっかねー。

集団後方に群れている連中のペダリングを観察するも、あんまりうまくねーな。
(己の姿は見えない故、吐き捨て御免)

集団に張り付いての感想、この速度ならまだ足に余裕がある、そりゃそうだ、追いつけたのだから。

さて、コース後半の向かい風エリアを考慮すると、なるべくこの追い風を味方に時間を削りたい、帰りのフェリーに乗る前に時間の余裕が欲しいからね。

ということで、無理せずトレインの追い抜きに掛かる。
記憶を辿るとトレインには二桁(二十人前後)のチャがいただろうか?

とにかくハイになっていたので気持ちよく追い抜く。

集団の先頭が見えてきたが、単身、男引きしているのはあのクロモリ君ではないか!
彼のパワーなら余裕もあるのだろう、この貧脚が前に出るのはむしろペースダウンにならないか?

ツキイチで彼の様子を観察するが、こちらはゾーンに入っているし、彼一人に引かせるのも忍びない、そして先頭交代の意思が見えない無賃乗車の連中にも若干苛立ちいざ先頭へ!

機関車となってからチラチラ後続を確認すると、集団は背後に張り付いているが二番手は勿論クロモリ君だ、頼りになるぜ。

次のエイドステーションまでの距離は緩く把握している、このまま単独で引き切っても平気だろうと考えていたところ、クロモリ君が右からスルスル上がってきて先頭に出た。

この瞬間、オレ達は無言の意思疎通を開始した。

それから何度かの先頭交代を繰り返していると、心の中にはいつの間にか友情に似た感情が芽生えていた。

そんなこんなで、こちらが先頭で二つ目のエイドステーションに到着する。
 
スタートからの距離、約42km。

駐車場はロードバイクの大豊作、ラックにはホイールがたわわにぶら下がり、地べたには隙間がないほどカーボンやアルミが生い茂る。

クロモリ君と互いを讃えあいたいが、駐輪スペースを探すうちに見失う。

気を取り直し補給食を頂いて水分補給を済ます。

MAVICのニュートラルサービス。0800

MAVICのスタッフさん、使用機材のマーケットリサーチをしておりました。

尚、イベント参加に使う機材は、なるべく最大公約数で纏めることをお勧めする、ホイールを借りられる可能性が上がるからね。

相棒がカッケーんすよ!

これらの写真を撮っていたところ、背後から声を掛けられた。
振り返るとそこにいたのはあのクロモリ君だった!

ふふっ、間違いなく心は通い合っていたんだ。

あの人数の中から見つけてくれたのは、こちらの装備に特徴があるからだろう。

彼からは先頭交代を感謝され、こちらは誰も代わろうとしていないから忍びなくて前に出たなどと語り合い、家に帰るまでがロングライドと伝え、握手を交わしてそれぞれの道へ進んで行った、進行方向は同じだが。

彼は、新潟市からの参加とも言っていたな。

SNSの交換しなかったのは後悔。

島の最北端を目指しペダルを漕ぐ、このエリアはまだ追い風、距離を稼げる間に稼がせてもらう。

そして前方に見えるZ坂(通称)、いよいよ佐渡一周線の名物にアタックだぜ(ここが一番きついとは言っていない)!

Z坂のクライム開始!
インナーロー(一番軽いギア比)に入るのが早すぎる、もう一枚インナーをくれ、というかパーツ選択時にインナー30Tではなく34Tにするべきだった。

 

本格的なヒルクライムをしないのならギア比1:1は必要ないだろうと高を括っていたのだが、加齢がそれを求めるようになっていた。

いつかギア比を見直そう。

ヒルクライムを続けて行くと足の売り切れが近づいてきた、これはまずい、あの戦術を使うことにしよう。

絶景写真撮影!0836


足がきついんじゃない、この景色を撮影したいの体作戦。

空模様のお陰で絶景感が薄かったが、相棒は絶景だった。。

スタートからの距離、約55km、まだ半分も来ていない。

この写真の後だっただろうか、まだまだ続く狭い上り坂、自転車渋滞が発生する中、彼女(嫁?)と一緒に参加していた男が邪魔だった。
彼は体力に余裕があるのだろう、彼女のペースに合わせてゆっくり登っていた、そして、彼女の様子を見やすいようにまあまあ右に寄って(道路の中央付近)ペダルを漕いでいた。

こちらのパワーに余裕が有る訳ではない、彼女を右側から追い抜き、更にその右に移動して彼氏を追い抜くとなると折角取り戻した僅かな貯金がショートする、すまんが左から前に出させていただく。

すると、こちらの動きを察した彼女が
「左から追い抜き!」
と、彼氏に情報を伝えていた。

完全に彼女の前に出て、なるべく左端に寄って彼氏を追い抜くと、
「追い越しは右から」
と彼氏から声を掛けられた、知らんがな。
波風立てぬよう右手を上げて把握したことを伝えたが。

彼氏の方から左を開けていたことを詫びてきたから、本人も反省すべき点に気づいたということだった。

次の休憩はエイドステーションではないが、多くの参加者が立ち寄る佐渡観光名所の一つ。

大野亀ロッジの駐車場。0910

ここへの上り坂、距離は長くないが勾配キツめ、以前の参加時、ビンディングを外せず目の前で立ちゴケした青年がいたが、上りで体力を削られたことも原因と思われる。

 

 

 

 


スタートからの距離、約64km、ほぼ半分終了。

ここではソフトクリームを食べる人が多いが、エイドステーションではないので現金は必要。

大野亀ロッジを過ぎると勾配は緩くなり、やがて下りに入る。

この後くらいだろうか、小規模の上り坂途中で左ハムストが攣りかけたので、自転車を停めようとしたところ、ビンディングを外せず路肩の草地に立ちゴケをしでかした。
速度ゼロだし草はふかふかだし、怪我なく立ち上がる。

そこへきたのは先の追い越しは右から君、
「塩、持ってる?」
と声かけされた。

「有る、ありがとう」
と返して塩タブレットを噛み砕く。

ストレッチと水分補給を済ませてライド復帰。
幸いなことに、これ以後に体の不具合が出ることはなかった。

緩く下る途中、佐渡一周線を外れ海岸線に出る。

そして三つ目のエイドステーション、とある漁港。0934

 
スタートからの距離、約75km。

バナナを胃袋に放り込み、相棒の元へ。

スポーツ自転車を寝かしつける姿勢は、左を下にするのが昔からの常識なのだが、ディスクブレーキはそれなりに気をつけないとディスクを歪めるよ。


ここから向かい風になるのだが、佐渡の山々が立ちはだかり心折れるような強風ではない。
島の東側は高低差も少なく、集団走行で程よいペースを維持して進んで行く。

両津港が近づくと、ルート上には珍しい信号と一時停止が現れる。
その停止時、ここまで約100kmの走行で疲労が蓄積したおばちゃんが
「止まれ止まれ止まれ!」
と願掛けしながらブレーキを掛けていた。
数時間のライドで握力が落ちると、リムブレーキの初期制動は心許ない、握力が弱い方にはディスクブレーキをお勧めする。

最後のエイドステーションにて。1112

スープもあったかな?

スタートからの距離、約103km。

カレーに続いて桜餅も摂取。


参加人数削減でおんでこドームものんびりしたもの。

 

鬼太鼓と書いておんでこ。

最後のセクションに挑むぜ、相棒!


ここから数km先が210kmコースとの分岐点。
その分岐まで二人組のグループと一緒に走るが、彼らはおんでこドームにたどり着くまでしばらく張り付かせてもらっていた。

その礼をを伝えたり、どの距離に参加しているのかなどを尋ねた。
彼らは210km、足はあまり残っていないそうで、互いの完走を祈って袂を分つ。

一周コースから丁字路を右折しいよいよ未知の景色が展開していく。

以前より参加人数が三分の二に減ったイベント、コースが分岐すると参加者の姿はまばらになりお祭り感が薄れる。

この様子ではトレインを組めない、無理せず(できず)心地よいテンポを保つ。

と呑気に構えていたら、登り坂が始まる。
終わりがわからない静かな修行の開始。

ペダルを踏めども踏めども坂道は終わらない、
時折現れる緩斜面で息を整え、短い下り坂で足を休め、農作業に勤しむ地元の方からエールを受け、また始まる上り坂に挑んでいく。

強烈な上りはないのに肉体には疲労が蓄積していく。

一時間も走った頃だろうか、平地では無いが若干の下り基調に変化し修行の終了を体感する。

そして現れる最後の下り坂、気持ちよく降りると街が見えてきてゴールが近いことを知る。

国道350号に辿り着き右折すると、見覚えのある景色が目に入った。
そこからは210kmコースの参加者と合流し、最後の平坦路を流していく。

途中、キャンプ道具であろう荷物を載せた二台の自転車が向こうからやってきた。
その自転車に乗る白人(推定)夫婦は、我々に手を振りすれ違って行った。

それから何度か角を曲がると、スタートゴール地点が見えてきた。

スタートから約7時間、無事、完走。1312

この日の走行距離、134.34。
駐車場とスタートゴール地点の距離も加算されております。

祭りの後につづく

前回の参加から6年、その期間、トラブルでメインバイクが走行不能になり、二号機で参加を考えていたところコロナ禍で中止が続き、再開を知った年は落車で怪我、それが癒えて数ヶ月後には古傷が痛みだし歩くことすらままならない。

時を経て、新兵器のロードバイクを二年を掛けて完成に漕ぎ着き、古傷は若干の違和感が残るものの、激しいトレーニングもこなせる程度には回復した。

さあ行くぜ、佐渡島!

とは言え、諸般の事情でライド時間は週末午後の二〜三時間程度、平日は三本ローラーを推しの子二話分回すのみ、エントリーしたコースは130kmというライドイベントとしてはお気楽な距離ではあるが、※新兵器でのライド最長距離≒60km、不安は大きく残る。

※新しいロードバイク

 

 

さあどうなる?

2025年5月

移動の日

今回は家庭の事情で一泊二日の強行軍、のんびり写真を撮る暇もないが、それでもちょっとだけ。

栃木県

那須町

那須高原サービスエリア。0823

そういえば、佐渡ロングライド初参加の2015年も土曜日は雨だった。

福島県

磐梯町

磐梯山サービスエリア。0925


道の駅ばんだいでは、今でもガンプラを売っているのだろうか?

新潟県

新潟市

フェリーターミナル。1110

事前予約でチェックインは楽々。

フェリーに乗って昼食調達。1214

↑麻婆丼とつくねを
↓こうしてやった!

因みに、ご飯は佐渡島シェイプ。

行ってくるぜ!

余裕があれば金曜の夜を新潟市で過ごしてみたいものだ。

ここは国道350号、海上の反対側区間は未体験。


佐渡が見えてきた。

佐渡市

両津港で下船して島のくびれエリアを横断するのだが、まあまあ道を覚えているもので、それでもGoogle先生に道案内をしていただくと、やや遠回りの初めてのルートを指示された。
素直に従ってみるが、早いかどうかは信号のタイミング次第というところでした。

島の横断終了。1705

 

まずキャンプ場のチェックインを済ますが、受付の爺さんがなかなか失礼なやつだった。

そしてロングライド参加手続きも完了し、日本海を眺める。1900


夕食は、近所のスーパーで見切り品を調達。1916

翌日のためにしっかりと炭水化物摂取。

こちらは翌日の朝食と行動食。

適当に飲みながら寝る。

アドバイスしよう、運動の前の飲酒は控えたほうがいいよ。

夜がふけ、ロングライド当日を迎えるのである。

つづく

この月前半はイベント参加へ向けてエネルギー補給多め。

2025年5月

1日 木曜日

ライドの日

あのイベントが近づき、チャリに乗る時間を増やす。
とある事情で昼食後、日没前までの時間制限有り。

あの水道橋を渡ってみたい。1513


筑波山がなかなか近い、が、ヒルクライムはせんよ。1542


小貝川の支流。1546


さて、ここいら辺で引き返すべ、つまり道半ばということで補給食なぞ。1548


包みの中はなんじゃろな?


柏餅でした。

端午の節句が近いからね。

 

 

エネルギー補給して帰宅。

走行距離≒60km

2日 金曜日

自転車に乗っていないが補給食。


夜はゼンブブレッドで作ったベーコンバーガー(っぽいビジュアル)。

3日 土曜日

旧街道散策ライドの日

田植えも近い。1402


これが昔からの街道だと思うのだが。1402

ここから前方に見える山へアタックに向かう。

一つ目の峠を越え、二つ目の分水嶺で息を整える。1416


三つ目の峠。1433

カーボン皆無のチャリで峠アタック!
ロードバイクのイメージから逸脱する重量だぞ。

四つ目の天辺。1513

 

アタック終了後の補給食。1540

無添加フランクフルトのチリドッグ、ご馳走様でした。

 

 


走行距離≒40km

5日 月曜日

蔵の街ライドの日

出発前の栄養補給。

オクラ納豆しらすイクラ飯。
痛風には気をつけろ。

四年振り?の巴波川詣。

 
毎年、この季節にここまで走りに来ていたが、四年前、ここ目指す道中に落車に見舞われ断念。
その後は膝の故障などで自転車に乗ることもできず間が空いてしまった。

道の駅しもつけにて補給食。1635


夜は端午の節句のお祝いに肉を食らう。

心は少年のままだからね。

走行距離≒68km

6日 火曜日

焼きそばの日

7日 水曜日

しらすイクラ飯。

痛風には気をつけろ。

8日 木曜日

芍薬が咲いていた。

10日 土曜日

道の駅しもつけ名物、ほうれん草パスタ。

ほうれん草の下には甘辛醤油味のスパゲッティがぎっしり。

ちょっとしょぼいハンバーガー。

11日 日曜日

ライドの日



補給食は豆大福。


走行距離=58km

12日 月曜日

牡蠣のアヒージョっぽいもの。

13日 火曜日

チャリ調整の日

写真は無い。

走行距離≒4km

15日 木曜日

翌日の案件のため、熊谷へ前乗り。
ホテルのチェックインは日没後。

そこから燃料補給に外出。

ご馳走様でした。

16日 金曜日

案件を滞りなく成敗し、あまり寄り道せずそそくさと帰宅。
ええ、この週末は忙しいのです。

帰路の友はこいつら。

 

 

 

17日 土曜日

翌日の佐渡ロングライド参加へ向け、佐渡へ出発!


18日の出来事も含め詳細は別エンリーにて。

19日 月曜日

午前四時に帰宅し爆睡。

20日 火曜日

芍薬が大きくなっていた。

24日 土曜日

チートの日

しょぼいハンバーガー。

25日 日曜日

TOJ東京ステージ観戦の日でありチートの日

 

 

大井埠頭に到着しフードトラックを一瞥、何を食べるか吟味する。

バインミー?1057

食べ終えてレース観戦へ。

レースは進行しております。


レースから一時離れてチート再開。

で、これはなんだ?1241


レース終了。

これは間違いなくケバブ。1400


レース後恒例、推しチームのご挨拶。1447


解散後は羽田へGO!!!

ヒコーキバックに乾杯!1605


これまで見たことのない食べ物を発見。

ご馳走様でした。

ヒコーキにもご挨拶。

 

 

 

28日 水曜日

満開のツツジ。

 

29日 木曜日

佐野ラーメンツーリングの日

宇都宮餃子より佐野の餃子が好き。

肝心のラーメンの写真が無い。

ご馳走様でした。

ちなみに、行列不可避の人気店。

31日 土曜日

チートの日

昼の部

ご馳走様でした。


夜の部

ご馳走様でした。


5月の旅はもう少しだけ続くのです。

章前

 

 

2025年4月26日 土曜日



橋に到着、右手に見えるのは飯坂温泉駅。1236

橋の詳細はこちらで↑

摺上川の上流を眺める。


橋を渡って摺上川の東側を散策。


何かが見えた。

近づいてみる。

奥の細道は本当に細かった。

川の向こうとこっちではまるで異なる街。

向こうは温泉街、こっちは地元民の生活の街。

水道橋を渡ってみたい願望よ。


数日滞在して街の開拓をしてみたい。


階段を登りたいが、プライベート空間のようなので諦める。


ちょこちょこ空き地を見つけるが、人口が減っているのだろうね。


あとどれだけ桜を(ry


水道橋までやってきた。1251

近づいて見てみるとなかなか新しい施設のようで。

酔っ払いが川っ縁で小学生のようなことをしております。


春ですね。


この先は、思いを馳せるだけにしよう。


検索結果、境界標と出てきた。

土地の所有者の境目だそうで。

ちょっと気になった。

おいくら万円でしょうか?
周りに家が無ければ、キャンプ用に手に入れるのも前向きに検討したところ。

藤の花が咲き誇る。


どっちを見ても坂道ばかり。


駅に戻ると、どこぞの大学のロードバイクサークルが徘徊していた。

この中の一人、まだロードバイクに慣れていないであろう男子の自転車が気になり、お節介なおっさんが
「ここは危険だからこうするといいよ」
とアドバイスを送るも、伝わらなかったようだ。

彼らは、ここから自走組と輪行組に分かれて行きました。

そろそろこちらも切符を買いましょう。1326

バイバイ、飯坂温泉、飯坂は良い坂の街でした。

福島に戻るぜ!1336

どんつき駅が好き!

プラットフォームから眺める摺上川。


降車の人たちと入れ替わり乗り込みます。


福島駅の到着し、こいつをゲット。1514

 

 

 

 


さて、時間に余裕があるぞ、どーすっぺ?
そこで見つけてしまったよ、「ビアガーデン開催中」の文字を。
目指せ、駅ビル屋上!

 


屋上到着、システムはほぼセルフ、一人旅には優しくないが、客も少なめだからまあいいや。

あれこれ準備が済んで焼き始めるが、

風が強くカセットコンロのカロリーが追いつかない、これじゃ焼きそば食うだけで終わってしまいそうだ。
近くの席の若人共もなかなか焼けずに騒いでいた。

対策として、焼き鍋を敢えて五徳から外し一部だけを火に近づけ、更に風上にバッグを置いて風除けにする作戦。
そこまで苦戦してどうにか干からびた肉にありつけた。

腹も満たされたので帰りましょ。1709

さらば、福島!

帰り新幹線の写真がないので、車内の宴は自粛したのでしょう。

帰りは最寄駅まで鉄道利用、翌日、チャリでパークしたクルマを回収に行きました。


そして5月の旅が始まるのです。