〈9から続く〉
基地に戻ると、艦長が待っていて今度は別の部屋へと移動した。
中に入ると、かすかに見覚えがある場所のような気がした。
部屋の中央に、ほぼ床に直角に立てられたベッドが二つ、向かい合って並んでいた。
「ここを覚えているか」
「ここが……何なんですか?」
「そうだな。敢えてこういう言い方をするが、ここは、君とエリザが初めて出会った場所だ」
「えっ……そんなはずは」
「覚えてなくて当然だ。ここに居た時、君とエリザはどちらもまるで意識がなかったから。あの頃と同じ状態にしようと思って準備してたんだ」
「意識がなかった?」
「君がコールドスリープを解除された第四次フラワルド覚醒周期には、覚醒処理時の事故率は一パーセントを切るまでに技術が安定していた。しかし君は、肉体的には生命活動を取り戻せたにもかかわらず、精神的な活動がまったく認められなかった」
初めて知る事だった。
どんな状態だったのか、上手く想像が出来ない。
「僕が、ですか?」
そう聞くと、艦長は頷いた。
「簡単には信じられないだろうな。状態としては脳死に近かったが、ちょっと違う。言うなれば、魂が抜けていた、と言う表現がぴったり来る」
艦長はそう言いながら、部屋の中央へと足を向けた。
僕も付いていく。
艦長は一方のベッドに手をかけ
「ここに君が眠っていた」
と言った。
僕はもう一つのベッドの側に居た。
「じゃあ、こっちは」
「ああ。エリザのベッドだった。彼女も、君と同じ状態だったんだ」
僕は二つのベッドを見比べた。
どうしてこんな配置になっているんだろう?
「君達二人はきわめて特殊な症例だった。ここの技術者たちは問題の解決に全力を注いだが、原因が解らない。どこをどうテストしても肉体的には充分に健康な数値を示していたが、周辺の情報には何の反応も示さないし、ぴくりとも体を動かさない」
「僕らは、こんな状態で眠っていたんですか?」
「いや、始めは普通に横になって寝てたさ。君の肉体が目覚めてからちょうど一年目の記念日に、関係者たちが集まって、ここで覚醒記念パーティーを開いたのさ。お祭り騒ぎに反応してこっちに首を動かしてくれるんじゃないか、なんて期待もあった。結局は何も起こらず、途中から皆やけ酒みたいになってきて、どんなきっかけだったか、ベッドの位置をこうしてしまったんだ。体を無理やりベッドに固定させてね。心無く見つめあう君達を肴に、また飲んだ。みんな酔いつぶれてしまって、その後は適当にお開きになったんだが……どうやら君達はこのままほったらかしていた。そして、翌朝やって来た時、君とエリザはここに立て掛けられたまま、お互いに手を伸ばして相手に触れようとしていた。その姿を見た時、一発で二日酔いが冷めたよ」
僕は、自分の手を眺めた。
艦長の話が本当なのか、分からなかった。
まるで覚えていない。
「それから、しばらくの間は定期的に君達を向かい合わせるようにした。君達は徐々に精神活動を回復して、他の皆と同じプロセスに合流出来た。エリザはしばらく記憶障害に苦しんだが、君はその辺は苦労しなかったな」
「覚えて……いない」
僕は自分の手を見つめながら、そう言った。
「覚醒直後は皆そうなるんだ。目覚めてすぐ、全てが元通りという訳にはいかない」
僕は何とかここでの出来事を思いだそうとしたが、それはまったく記憶から抜け落ちているようだった。
「非科学的な言い方になるが、君達はお互いの魂を呼び戻しあったんだと、今では思っている。他に説明のつく言い方が無いんだ。まあ、そういう事があったからね、ステーションで君達が仲良くしている様子は、傍から見ていると、何と言うか、納得のいくものだったよ」
艦長はそう言って僕に笑いかけた。
それは、何か懐かしい感じのする、優しい笑顔だった。
「艦長はここの職員だったんですか」
「そうだ。ずっと君達を見ていた。ステーションの艦長に任命されたのは、君達の移動と同じ時期だったんだ」
僕は何か言おうとして口を開いたけれど、何も言葉が出なかった。
取っ掛かりにするべき言葉を探して、下を向いた。
一度にいろんな事を見せられ、知らされて、それらをどうまとめるべきなのか、考えが追いつかなかった。
「考えるな」
艦長が言った。
「過去の記憶と一緒にステーションに縛られている事は無い。お前はもう未来に生きてるんだ。ユータ。もう一度だけ考え直せ。俺と一緒に地球に降りろ。そして、エリザを支えてやれ」
「考えるなとか、考え直せとか、どっちなんですか」
「うるさい。自分で考えろ」
「言ってる事、無茶苦茶ですよ」
「そうだな。じゃあ、黙って俺についてこい」
僕はぽかんと口を開けて、何も言えなかった。
結局、艦長は僕の返答も聞かない内に地球へ降下する準備を進めた。
その中に僕も当然のように組み込まれていて、始めからそのつもりだったのだと言うのが分かった。まんまと乗せられた感がしないでも無かったが、僕にしても、もう抵抗や反論をする気は起きなかった。
「エリザを支えてやれ」と言った艦長の言葉は、僕の中で何度も繰り返されていた。今まで思いつかなかったけど、それはとても大事な事だと、理解出来た。受け入れる事が出来た。
僕らの乗った船は、地球に向けて短い旅に出た。
おそらくは一方通行に終わる旅に。
そして、船は何の問題も無く地球圏に到達した。
一旦、衛星軌道に乗り、それから大気圏への突入になる。
地球を眼下に見下ろして、何度か地上の管制センターと通信を交わし、それから大気圏突入シーケンスに入る予定だ。
「大気圏を突破すれば、戦闘機が出迎えと護衛を兼ねて近くに来る予定だ。見物だぞ」
艦長はそんなことを言って、僕の気を和らげようとしていた。
僕らはコックピットの中、操縦席のすぐ後ろに並んで座っていた。
船が高度を下げ、いよいよ衛星軌道を離脱する。
機体が大気に触れ、その摩擦で周辺の空気が赤く燃え始めた時だった。
パイロットが異常を告げた。
「艦長。当機の進路上に高速に接近する飛行物体があります」
「何だ? 出迎えには早過ぎるな」
「識別確認しました。これは、ミサイルだ」
その光は、コクピットの向こうに見えていた。
まっすぐこっちに向かっている。
ああ、そうなのか。
溜息のような思いと、
ただ一人、彼女の名前が頭に浮かんだ。
誰かに呼びかけられた気がして、空を見上げた。
淡い色の夜空に、たくさんの星が流れている。
何だろう?
ステーションから地上に降りた私たちは、仮住まいのキャンプ地で、それぞれの受け入れ先に出発するまでの日々を過ごしていた。
かなり人は減っているけれど、それでもまだ見知った顔がたくさん近くにいるのは、安心感がある。
「凄い眺めだな」
サカガミ君が話しかけてくる。
彼とは、地上に降りてから、少し話をするようになった。
ユータとの事を、気遣ってくれたのだと思う。
「一人で突っ立ってないで、こっち来なよ」
その先には、ユータと同じ島国出身の人たちが集まっている。
焚き火をしているようだ。
「夏なのに、焚き火?」
私は聞く。
「俺達の国ではさ、この時期にはこうやって、ご先祖様の魂を迎える習慣があったんだよ」
私たちは、火を囲んで地面に座る。
揺らめく炎を、無言で眺める。
「歌ったり、踊ったりはしないんだね」
「キャンプファイヤーじゃないからな。でも、悪くないだろ」
私は皆に混じって、揺らめく炎をじっと見つめた。
見上げると、最後の流れ星が、夜空を貫くところだった。
〈了〉
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