まだ病院にいた頃の母。


この頃の要介護判定は5。



自分の名前も

家族の事も


聞かれてもわかりません。



私は仕事帰りに毎日面会に行きました。



私が娘だとわかっているのか

いないのか?



私と会話する時の母は大抵敬語でした。


私「こんにちは」

母「こんにちは」


私「調子はどう?」

母「大丈夫です」


私「・・・娘さんはいますか?」

母「わかりません」



よくこんな出だしで会話をしたので

今でも覚えています。


そうかと思えば急に私を認識し、

泣く事もありました。


波が激しかったです。



コーヒーが大好きな母。


売店で買って差し入れすると

すぐ飲み干してしまう。


美味しい?と聞くと

美味しいと答える。



今から思えばそんな

なんてことない会話でも

貴重なものだったんだと・・・。

 


今までにない不思議な感じでした。


半分寝て、半分起きている?

隣で寝ているワンコのいびきや物音は

ちゃんと聞こえていたので

まさにそんな感じ。


私の部屋の中・外からパキっと

いう音が何度か聞こえる・・


そんな状態で夢を見ました。


体中ざわつく感じがして

私の左腕に手を絡めてきました。

すぐに母だとわかった。


「来てくれたの?」


母は無表情でした。


「みんなに会えた?」

(生前母は自分が死んだら大切だった人達に

会いたいとよく言ってました)


母「会ってない・・」


やはり無表情で母はそう答える。


そんな母に私は再度感謝の言葉を言いました。


「ありがとう、ありがとう」



「お父さん(私の父)には会えた?」


母「会いたくない」

ちょっと不快そうな顔つき。



今家のローンの事で大変な事になっています。

住宅ローンの支払い、相続分しか払えないんだそう。

兄二人は行方不明、どうするか・・・

というところでローン会社と話し合いの真っ最中。


その事を母に説明しました。


母「そんな・・・」


母は悲しそうな、心配そうな顔をして

私を見ていました。


寝てるはずなのに

私、ずっと喋ってる・・・?

不思議な感じなので文字で伝えるのが

難しいですが。


自分の意思で話してない私の声を

起きている私が聞いている。



その後母と少し話した所でハッキリと目が覚めました。



夢か、母が来てくれたのか

どうなのか分かりません。


私の場合夢をみると、起きたら殆ど

忘れている事が多いので

後者なのかもと思ってます。

 


でも・・ちょっとだけ怖かった(笑

母がお世話になった施設へ。


去年の春から12月まで。

とても短い期間でしたが、

色々とサポートもしてもらい

お世話になった場所です。


銀行の清算や預かり品や領収書を

取りに行きました。



職員の方々が笑顔で迎えてくれて、

色々とお話も聞いていただいてね・・・


こんなに早く亡くなるのなら

もっと面会に行けばよかった


とか


去年の夏祭りも会いに行けば

よかったとか、

(仕事で行けませんでした;;)


後悔って読んで字の如く・・ですね。


自分の今の想いも聞いてもらって、

なんだかちょっと悲しくなってしまいました。


こうやって吐き出す人達が身近にいたら

私はもっと悲しめたのかな?




遊びにきてくださいね

何か分からない事があったら


暖かいお言葉も掛けていただき

施設長さん達が帰りも見送ってくださいました。


素敵なお線香まで頂いて。



入居者にも家族にも

とても暖かく明るく接してくれた

施設職員の方々には感謝の言葉しか

ありません。


母を見送る時に

泣けない私の代わりに・・(と感じてしまった)

涙を流してくださった方も。


本当にありがとうございました。

これから特養にお世話になる方々、

よい施設にめぐりあえますように・・・。

 







母の納骨を無事終えました。


これで一通りの事は終わりました。

まだ権利ナントカ・・の手続きはありますが。



私は・・タイトル通り淡々とした感じ。


母が亡くなったらもっと悲しいのかと、

泣き崩れるのかと思ってました。


寂しいけれど・・・・

涙が出てきません。



父が亡くなってからの数年間は

私にとってつらい日々でした。


金銭苦。

母の介助。


毎日毎日、母の機嫌・顔色を

伺いながらの生活。


母が私を呼ぶ声・・・幻聴で

夜中に飛び起きる事もたくさんありました。


自分の家なのに

物音や声にビクビクしながら

毎日を過ごしてました。


ほんの些細な事、普通の人からしたら

なんでそんな事で?

ということでも激昂する母でしたから。


悪い言葉で言うと、『異常』でした。


そして排泄処理。

ネット上や本で、言葉で見るより

体験してみるととても大変でした。



もしかしたら、

そんな生活から開放されて

ホッとしているのか?


なぜ泣けないのか自分でも

よく分からないんです。

 


母の事に関しては

すべて私一人でやってきた。


亡くなるまで何でもやってきた。


色々な手続きをする度に

困るのが、私一人だという事。


老健では第三者のサインが必要になる。

自分以外居ないのだと何度説明しても

「なんとかならないか」と言われた。


何かをやる度に、

「貴方一人なんですか?」という含みを

返される。


世の中、たった一人で死んでいく人もいる。

看取る家族も居ない人もいる。


それは少数派だろうけど

珍しくも無い話。


でも世間は、家族や親戚や兄弟が

いるのが当たり前という目で見てくる。



先日、納骨の手続きをしに

霊園に行った。


「私一人です」


と言うと事務の女性にフッと笑われた。

「寂しいですね」

と言われた。


確かにそうなんだろうけど。

なぜ笑われなければならないのか・・・

 

私は一人でも寂しくない。

むしろひとりの方がいい。


まわりは人を傷つけても

平気な人達ばかりだった。


そんな中で育って、自分を守るために

壁を作ってきた。


笑われても 「そうですね」 と

おそらく感情の無い口調で返す自分。


でも後で虚しさを感じる。


だからこうしてブログに綴っているんだろう。