8月9日(日)気温31°曇り
1945年8月9日午前11時2分、長崎市に原爆が投下された。
一瞬にして焦土と化した。
当時は第二次世界大戦中。
日本は大国アメリカを相手に戦争中であった。太平洋戦争である。
"撃ちてし止まん!"
"欲しがりません。勝つまでは!"の精神は日本国中に浸透していた。
資源のない日本は、四面楚歌状態にあって、国民の日常生活用具、鍋、釜に至るまで兵器の材料として供出させる状況だった。
敗戦は為政者側には分かっていたはず。
精神力だけで突き進む日本は、アメリカにとっては脅威だった。
息の根を止めるためには原爆投下は仕方がなかった、と米国は言う。
広島に原爆を投下しても戦争をやめようとしない日本に対して、アメリカは再び原爆投下を実行した。
それが長崎市。
この日の投下目標地は小倉であった。
その日、小倉は曇り空。視界がはっきりしないので、第二目標地の長崎に米軍機は向かった。
そして投下された。
被害の状況等は、これまでメディアで報道されたので周知のことなので省きます。
11時2分 黙祷
私も立ち上がって黙祷しました。
長崎市長、高市総理大臣、長崎県知事などの平和宣言。
被爆者代表の本村チヨ子さん(87)の凄惨な体験談に、原爆の消えることのない傷を感じました。
高市総理大臣は広島の平和式典と同じような内容の式辞でした。
非核三原則を維持していくこと、NPT(核兵器不拡散条約)を被曝体験国として推進していくと述べていました。
印象に残ったのは長崎市長の核兵器は必要悪ではなく、絶対悪。人類と核兵器の共存はできない、と述べたこと。
最近、核兵器を持つことが核抑止力になる、とか言っている政治家がいます。
長崎市長の話を聞いてほしいものです。
今日は買い物に行かんデー!
家籠りして、ゆっくりしています。
朝からテレビばかり見て、かまってやらないので、しーちゃんは諦めて、ハンモックにいます。
今日は気温が下がって、少し涼しくなっています。
どなた様もごきげんよう!




