婆の戯言です。お忙しい方はスルーしてください。


最近、自分が年を取ったなあ、ってよく思う。83才、押しも押されもせぬ高齢者である。70代までは自分が年寄りだと思わなかった。

80代になった途端に自分が年寄りなんだと思うようになった。

社会的にも、後期高齢者というネーミングで呼ばれている。嫌な感じもするが仕方がない。

昔、双子姉妹で金さん、銀さんが100才になって脚光を浴びた時のインタビューの中で「100才になられて、どう思われますか?」と言う質問に、金さんは「あっという間に100才になりました」と言っておられた。

私も本当に、あっという間に83才になった気がする。

60代の頃の夫との会話

「私、貴方より早く死ぬかもしれないわ。美人薄命と言うでしょう」

夫「イヤイヤ、アンタは長生きするばい」

私「どうして?」

夫「アンタは顎が達者だから長生きする。美人薄命と言うのはね、若くて美しい人が死んだら言うの。アンタみたいな婆さんが死んでも美人薄命とは言わんの」と言った。


そして70代になった時、娘に「私はね、年を取ったら、楚々としたおばあさんになりたいのよ」

娘「プハッ!無理無理!お母さんは楚々としたおばあさんにはなれない!」と言うので、弟に聞いてみた。

私「◯子に、私は楚々としたおばあさんになりたいと言ったら、無理無理と言われたのよ。どうしてやろか?」

弟「そりゃ姉ちゃんが、よく喋るからよ。楚々とした人は、姉ちゃんみたいに喋らんと。おとなしい人が楚々とした人と言うと」と言った。

"そうか、私はよく喋るんだな?そう言われても自分では普通と思うけどなあ"

そんな会話を思い出した。

乳幼児の頃死線を彷徨う大病をいくつもした私が今日まで生きているなんて!

命がけで守り育ててくれた両親。

子供心に命の大切さを感じていた私。

親より先に死んではならない、親が死んだ年を越えるんだ、と思う信念はあった。

母が82才で他界したので、その年を越えたから、いつ死んでもいいと思っている。


会話の中で言われている私のおしゃべりは子供の頃からである。

両親が社交家だったせいもあるが、弱い私は運動や外遊びは苦手だった。

家の中で、ままごとや学校ごっこをして遊んでいた。そこでは、いつもお母さん役や先生役。始終喋っていたので、そのせいか、私の周りには、いつも友達がいて、ここでも私の喋りが友達を引き寄せていた。

それは成人してからも、結婚してからも同じで、しかも磨きがかかって辛口コメンテーターと言われていた爆笑

かわいいおばあちゃんにも、楚々としたおばあちゃんにもなれてない。

今はできることをしながら、楽しいことも考えながら、日々を大切に暮らしている。

そんなことぐらいかな?

もうアクティブなことはできない。

かと言って引き篭もるような私ではない。

動けなくなっても、ボケない限り、ブログは続けていたい。その内、小説でも書くか⁈打ち上げ花火は大きいほどいいって言うからね爆笑