テレビドラマの「対岸の家事」が昨日で終わりましたね。

あのドラマを見ていて、専業主婦の頃の自分を思い出しました。

現代は専業主婦は絶滅危惧種みたいな言い方をされますが、現代の若い人達は、結婚しても、ほとんど働いていますね。実際に若い人の専業主婦に遭遇していません。

私が結婚した頃は、サラリーマンの妻はほとんど専業主婦でした。中には専門職(教師とか看護婦)を持った人は結婚しても働いていました。

あの頃は、三食昼寝つきなんて揶揄されながらも専業主婦は社会の荒波から一歩下がった位置でしたので楽と言えば楽だったですね。

私が結婚してしばらくして、その専業主婦なる人達がパートなるものに就職して働きだしました。

パートだから主婦業もこなしながらだったと思います。

私も子供が小学生になる頃、外で働きたいと夫に言うと、夫は「俺の給料では暮らせんのか⁈」と言って、私が外で働くのを嫌がりました。

毎日家事と子育てだけの生活。

誰からも感謝されず評価もされない主婦業に苛立ちと焦りを感じていました。

かと言って特技もなく、10年一日が如く、家事をする毎日。

その頃、翔んでる女、と言う言葉と共に、女性が社会に進出していく様を横目で見ながら、社会から取り残されて、このまま年を取るのか?と言う思いに駆られました。

"私は翔べない女だ"と自問自答しながら、それでも根が世話焼きなものですから、PTAや子供会活動、生協活動に僅かに生き甲斐を感じる日々でした。

歳月は流れて、子供達は巣立ち、義母は他界して定年した夫との2人暮らしは遅まきの蜜月生活。

さらに歳月は流れて、息子夫婦の後方支援。ぶっちゃけ、飯炊きババアとなりました。

しかし、ここに来て、私の長年の唯一のキャリア(大袈裟だけど)が生かされ、感謝される日々になりました。

今では義母と暮らした25年間の嫁時代の経験が息子夫婦との同居生活に生かされています。

経験は無駄にならないと言われますが、翔べなかった女の着地点は、こういう形で余生を堪能しています。