本日は息子が独立開業してから20周年になります。
2004年3月7日 北九州市小倉の魚町で開業しました。息子29才でした。
いろいろあって感慨深く思い出しています。
息子が開業した魚町は美容室激戦区で福岡県ワースト2位の地域でした。
10年間修業した美容室を円満退職して、1人で立ち上げました。スタッフは3人いました。
サポートするのは私達夫婦。
開業する前には店の備品の調達や3万部のチラシの配布を夫と私で個別配布。1ヶ月かかりました。商売に関しては何もわからない私達夫婦は息子に依頼されるままに動きました。
その2年前に、独立開業する意思を私達だけに明かし、事務を私にしてほしいから、パソコンを習ってほしいと言われて私は60才から一年半かけてパソコンを個人教授してもらい、ワードとエクセルとメールだけを習いました。ギリギリ開業に間に合いました。
しかし開業してから2年間くらいは順調でしたがので、二軒目を開業する準備としてスタッフを6人に増やしました。この増員が業績の足を引っ張り、あとは赤字続き。赤字を借入れ金で操業。
借金は1千万まで膨らみ、先の見通しも望めなく、5年間頑張りましたが、魚町から撤退して現在の地に移転しました。息子としては、華やかに初めて開業した所から撤退するのは悔しかったと思います。
現在のところに移転してからも最初の頃は捗々しくなくて、廃業寸前までになっていました。
そこを救ったのが嫁のMちゃん。
Mちゃんとの結婚は移転した年でした。
その頃、Mちゃんは別の職業で、ある会社に勤めていました。
苦境に立つ息子を見てMちゃんは前職を捨て、美容師になったのです。
それから2人の復興に向けた努力と頑張りが、今日を迎えることになりました。
10年前、「母ちゃん、飯炊きに来てくれんね」の息子の言葉に、SOSと感じた私は夫を説得して八幡から移転しました。
商売屋は家族一丸とならなければならないと覚悟して移転しました。
おかげ様で事業は軌道に乗り、借金もマンションのローンも完済。予約の取りにくい店として繁盛しています。事務は開業9年目からMちゃんにバトンタッチして、今は飯炊きババアに専念しております。私の身体の続く限り後方支援をするつもりですが、息子の店が、そこそこに繁盛していき、息子夫婦が健康で仲良く生きていくことをひたすら願っています。