3日目(11月6日)


前夜風呂にも入らず寝てしまいましたが、

朝5時半に目覚めましたので、大浴場で入浴。


9時20分頃ロビーで土産品を買っていたら、

そこに親類が会いに来てくれ、ロビーで歓談。


午前10時に弟が真砂に迎えに来ました。

弟の車で原城趾へ。

原城は島原の乱があったところ。

南島原市南有馬町にあります。

南有馬が私が3歳から29歳まで住んでいた所です。


原城は隣町の北有馬にあった日野江城の支城です。

城主松倉重政が島原城を築城したとき、廃城になりました。

この廃城に一揆軍が立てこもったのです。

3カ月籠城の末、幕府軍によって撃滅され、37000人の人々が殺されました。

乱後原城は取り壊され、石垣さえあまりありません。


37000人といえば、当時の島原半島の全人口です。

全滅してしまったので、私達の先祖は他地から移住してきたのです。


余談ですが、私の実家の墓は享保8年に建立したものが現存しています。享保といえば、吉宗時代です。

私の先祖は武家でしたので、屋根つきの大きな墓です。


原城跡は全て畑になっています。

わずかに本丸跡が公園化して十字架や天草四郎の像や記念碑があります。


原城は三方を海に囲まれ、絶景です。

写真は原城跡の石碑。




原城を後にして向かったのは島原。


平成3年に噴火した雲仙普賢岳の溶岩ドームが

一番間近に見える場所に案内してくれました。


そして四明荘(庭の水がきれい)、武家屋敷などを見たあと、島原城の堀端にある”姫松屋”で具雑煮を食べました。

具雑煮は島原の郷土食です。


そして島原外港から高速船で大牟田に渡り、大牟田からJRで北九州へ。

外港で奇しくも小学、中学時代の友人に会いました。

郷里で一番仲良しの友ですが、

今回は帰郷を知らせてませんでしたので、

双方ビックリ!


今回の旅は30年来の友人T子さんとN子さんを

故郷に初めて案内したのでした。


長崎の人達の親切さ、内海(有明海)の穏やかな波、

爽やかな風、優しく迎えてくれる身内・・・

そんな故郷の空気を満喫した旅でした。