カツン(カツン)・・・カツン(カツン)・・・カツン(カツン)・・・クルン(カッ・・・!クルッ!)
・・・こちらが動けば彼も動く。
すべての行動は完全に把握されていた。
その展示室の中では彼の鋭い眼光からは逃れることはできないのだ・・・
ニースの展望台からシャガール美術館までは徒歩で30分以上かかった。
シャガール美術館は海の側からは線路を挟んで反対側。
幸い、駅の逆側は前日に嫌というほど歩き回ったので、ホテルで入手した地図を見れば大体の位置関係は把握できる。
大通りをまっすぐ通って線路を渡った。
駅の反対側は大通りと比べると何もない。
地図どおり進むと、途中怪しげな小道に入る。
道幅は人が2、3人通れるくらい。
小道の左手には金網越しに工場か何かがあって、何人かの人が作業をしていた。
どちらかというと迷い込んだという感じの道だ。
コートを片手に小道を歩くと金網越しからいくつもの視線を感じる。
なんだか居心地が悪いので早足で通り抜けようと思ったら、1人の男が話しかけてきた。
「シャガール??」
急に話しかけられてびっくりしたので、言葉もなく頷いた。
男はその様子を見て微笑み、美術館の方向を指す。
「あっちだ。」
「メルシー!」
この男を合わせて、美術館に着くまでに合計3人に話しかけられた。
残りの2人は早口のフランス語で話しかけてきたのでまったく聞き取れない。
「わかんない。」
ジェスチャーを交えながら英語で返したら、2人とも「こりゃまいった!」というような表情で行ってしまった。
まいったのはこっちだ。
しかし、いずれが「まいった」にせよ言えることは、彼らは英語が得意ではないであろうということだ。
聞きたいことがあったら英語で言い直せばいい。
(英語でもどうせわかんないけど。)
それをしなかったのは彼らが英語を使えないからではないだろうか?
自分が会ったフラン人は基本的に親切だった。
そして、フレンドリーな人が多かった。
数人しか話してないから実際のことは知らないけれど、、フランス人が意地悪っていうのは勘違いなんじゃないだろうか?
英語で話しかけてもわざとフランス語で返してくるというが、英語は聞き取れてもうまく話せない人も多いのかもしれない。
ヨーロッパの大陸では英語よりもフランス語のほうが通じやすいと思うので、フランス人が英語を使う機会は少なそうだ。
英語がしゃべれないって理由だけではないかもしれないけど、フランス人全般が意地悪には見えない。
だいたい、どこに行っても英語だけで通そうとして英語で返答がないと意地悪と考えるというのは、日本人視点で見ると羨ましいくらい横柄な態度だと思う。
そんなわけで、「フランス人は基本的に親切だ!」という公式を勝手に頭の中に作り上げた。
しかし、目的地であるシャガール美術館にはその公式を覆すくらいのパワーを持つ最強の敵が待っていたのだった・・・
日本でシャガールの展示というと、数はあってもリトグラフの比率が多かったりすることが多い。
ニースのシャガール美術館は油彩の大作がたくさんあって贅沢である。
シャガールの作品はベースカラー(背景)が実にカラフルで美しい。
青、赤、黄、緑・・・
いろんなベースカラーの作品が並べられているので同じ作者でも飽きることがない。
白い壁にかけられたそれぞれの作品のカラーが調和して展示室全体が居心地良かった。
あの男に出会うまでは・・・
黒いスーツのその男はシャガール美術館の展示室の中の一室で待ち構える。
年の頃は50代半ばくらいか?
頭頂部まで禿げ上がっていて眼光は常に鋭い。
来訪者達の細かい動きを一瞬たりとも見逃さない。
カツン(カツン)・・・カツン(カツン)・・・カツン(カツン)・・・クルン(カッ・・・!クルッ!)
・・・こちらが動けば彼も動く。
後ろに手を組みながらの高速移動だ。
シャガール美術館はフラッシュを炊かなければ写真は撮り放題。
せっかく日本からやってきたので、いくつもの作品をファインダーに収める。
しかし、その度からの鋭い眼光がこちらにそそがれた。
すべての行動は彼の監視下にあった。
彼の高速ターンが偉大なる画家の作品を守り続けている。
バチカン美術館の学芸員とはまったく違う人種だ。
もう一枚、どうしても撮りたい写真がある・・・
しかし、その写真は彼に気付かれないように撮る必要があるものだった。
今、ヨーロッパ到着以降最強の敵が立ちはだかる。
しかし、日本男児の意地にかけて・・・
じっちゃんの名もかけて・・・
このまま負けるわけにはいかないのだ!!
つづく・・・