悟りを開く、つまり覚醒(真我実現)するのに熱意は必要でしょうか。
この答えは、絶対に必要、です。
何度も言いますが、すべては自動的に起こっています。
したがって、悟り、つまり覚醒も自動的に起こるのだから、何もしなくて良い、あるいは何もできないと言う覚者もいます。
例えば、ラメッシ・バルセカールは、悟りを開くためにできることは何もないと良く言いました。
実際確かにそうなのですが、これは誤解を受けやすい言葉です。
覚醒するには、まず自我が覚醒したい、悟りたいという個人的な希望を持たなければ始まりません。
つまり、まず自我がスタートを切り、自我が真我実現に向かって走り続け、ゴールで自我が消滅(明け渡し)し、真我実現に至るのです。
このゴールまでの行程を、七転八倒しながら前を向いて走り続けなければならない。
この行程には、絶対に努力と修練が必要です。
これは、熱意がないと乗り越えることはできません。
マハラジは熱意を持ちなさい!と言いました。
ラマナ・マハルシは、実現するまで修練です!と言いました。
探求者の中に、この熱意が自動的に出てくるようにするには、覚者の一言が非常に大切です。
覚者が熱意が必要だと言えば、探求者の中に熱意が自動的に起こるようになるのです。
すべてが真我です。
すべての人が真我です。
つまり、熱意を持って本気で探求すれば、誰でも必ず真我実現できるはずです。
ラマナ・マハルシは言いました。
トラにとらわれた獲物が
逃げられないように、
ひとたびグルの慈悲深い
眼差しにとらえられた弟子は、
二度と世俗に戻ることは
できない
これこそ、ラマナ・マハルシのもとで、奇跡と言えるほど多くの覚者が誕生した理由ではないでしょうか。
世界にはあなたしかいない↓