アリストテレス10号のブログ

新著『新・人間失格 ― 人間を失格して哲学者になった男』をAmazonからKindle版として出版しました。

 

Amazon.co.jp: 新・人間失格 eBook : 河村次郎: 本

 

 

書は太宰治の名作『人間失格』を哲学者である私が新たな視点から書き直した哲学的小説である。太宰の『人間失格』は一六歳のときから私の心を掴んで離さなかった芸術作品であり、この魅惑は私の長い哲学遍歴を完全に貫いている。

私は太宰の「人間失格」の概念の裏に『HUMAN LOST』における精神病院強制入院時の心境が濃い影を落としていると思う。それゆえ、この『新・人間失格』では、太宰の病跡を客観的に分析する観点から、新たに精神病に対する偏見と人間失格者意識の関係を捉え返し、それを物語の中に織り込んだ。また、多くの人が意外と思うであろうが、私は太宰の人間失格という概念が、トランスパーソナル・エコロジーと親近性をもつこと、ないしはそれと融合可能であることを示唆した。また、人間失格者意識がアンチ・ヒューマニズムの哲学や反出生主義と共通性をもつことは容易に理解できると思う。私はこの点を人類滅亡という終着点に向けて語った。この小説の中の登場人物間の対話・議論の中にそれを織り込むという手法で語ったのである。

私は自称・人間合格者の化けの皮を剥ぎたいのだ。自称・人間合格者たちこそ、人類の滅亡を加速化する元凶である。彼らは幸福中毒者であり、自分たちの欲望の際限なき拡大のために、あるいは明るい人生を謳歌するために、精神障害者や人間失格者を蛇蝎のように忌み嫌い、この世から抹消したがる。少なくても、どこかに隔離したがる。人間合格者の本性は偽善者である。太宰が人間失格だとするなら、彼らは人間のクズなのだ。この「人間失格」と「人間のクズ」の対比が本小説の核となるものであり、それは哲学的視点から深く深く論じられている。そして、その背景には私の広くて深い哲学と科学と医学の知見が控えている。その意味で、この作品は太宰の『人間失格』の単なる改訂版ではなく、新たに書き起こされた哲学的人間失格者賛美の小説なのである。

太宰の人間失格論は、人類が自らの滅亡を潔く受け入れるために役立つ最高の哲学の一つだと私は思っている。

 

ホンダ ゴールドウイング GL1000


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本田技研工業株式会社が1974年に発売した輸出用バイク。

世界初の水冷水平対向4気筒エンジンを搭載。

機能美にあふれています。

私が2007年に上梓した『心の哲学への誘い』は非常に読みやすい上質の啓蒙書である。

この本は言うまでもなく心の哲学への入門を狙ったものであり、その概略と根本と諸問題を取り扱っている。

 

まず、「心の哲学」の西洋哲学史における生成過程とその本質の定義から始まって、心身問題の哲学としての位置を明らかにしている。

それから、臨床医学への応用、クオリアの問題、生命論との関係、自由意志の問題、脳科学との関係をそれぞれ考察している。

 

四六版で170ページあまりのこの本は、読み通すのも容易で、心の哲学への最高の入門書となっている。

また、英米の心の哲学の方法に偏向しないで、アリストテレス、ジェームズ、プラグマティズム、現象学などの視点も取り入れている点も優れている。

各章の末尾に付された練習問題を解いてみるのも大変楽しい。

 

なお、本書は畿央大学の国語の入試問題に出典引用され、大阪府立大学の学生推薦図書となっている。

 

とにかく、優れた心の哲学への入門書であり、「心とは何か」「自分って何?」という、とかく逃げ出したくなる問題に取り組むためのヒントを与えてくれる。

そう、多くの人が手を付ける手立てをもちにくい「心」の本質、「精神」の問題の理解と解決の手がかりを与えてくれるのである。

価格も1900円と安いし、買わなきゃ損でしょ!!


 

 

 

心の哲学への誘い/萌書房
¥1,995
Amazon.co.jp

 

人生における成功の秘訣。

それは過去にとらわれず、未来に向かって新奇への創造的前進を遂行することである。

それが現在の生を充実させ、過去の努力を実り豊かなものにし、未来を明るくするのである。

失敗を恐れずに、またそれを悔やまずに、新規巻き返しを狙って、新奇への創造的前進を企てるのである。

「新奇」とは英語でnoveltyであり、「新規」とは意味が違う。

たしかに新奇と新規は関係しているが、根本的には違う。

新奇は創発と関係している。

過去の事実の集積から単純に因果的に予測できない新たな性質が突如現れることを「創発」という。

そして、この創発現象を信じて前向きに生きる者だけが創造的人生を切り開けるのである。

 

前の記事で紹介したカワサキ マッハⅢの後期のモデルKH500は、赤のカラーングものが主流で短命に終わった。

しかし、ネットで画像検索したら、次のような珍しいカラーのKH500がみつかった。


 

 

この深緑+黄緑のカラーリングのマッハⅢは500SSのものであり、KH500になってからは使われなかったはずである。

とすると、このバイクはサイドカバーを加工してKH500の文字を入れたか、輸出用のKH500だったかであろう。

とにかく、このカラーのKH500はすごく美しく、味がありますね。

ちなみに、アラン・ドロンが『ル・ジタン』で乗り回した750SSもこのカラーでした。