名古屋人で八百彦の仕出しを知らない人はもぐりである。
旨い旨くない以上に
仕出しが必要なとき、
まず八百彦案を一旦傍らに置いておき、
それから次の候補を出していき、
お値段、サービス、配達の時間や距離などの
条件をより満たす方を選んでいくのが、
名古屋人の仕出し弁当の選びかたなのだ。
市内でイベント仕事が重なると
楽屋弁当がどこへ行っても八百彦なので
蓋を開ける前から
おかずを言い当てられる自信がある。
そういう意味では
馴染みといえば馴染みだけど、
惚れた腫れたにはほとんどなり得ない
そんな存在。
この日はドーム観戦。
野暮用があって行くつもりはなかったが、
手元にあるのがお弁当付のプライムシートチケットだったので
夕飯を食べに行くつもりで出かけたのだった。
予定通りドラゴンズは勝てそうもなく
試合途中で早々に退散。
野球観戦というよりも、
実際八百彦のお弁当を食べに行っただけとなった。
揚げ物を冷めてもカリッとできないものか、と
仕出し弁当を食べるたびに思うが、
八百彦ですらそれは叶わない夢である。
八百彦がこれなら仕方ないと思わせる、
老舗の有無を言わせない風格と歴史。
でもいつか、
これを超える仕出し弁当があらわれるのだろう。
そのために存在し続けるような
八百彦の弁当なのだった。
甘いぬめっとした漉した芋のような
おかずなのか和菓子なのかよくわからない物体は
形を変えてオールシーズン入っている。
あれは一体なんなのだろう。