俯瞰してみる癖は仕事によって育まれたとおもいきや、

実は物心ついた頃からずっとそういう性質だった。

在るのに不在という感覚に、子どものころはずいぶん悩まされた。

ほんとうに楽しい!と笑っていても、

どこかしずかにわたしやわたしを取り巻くすべてをみてしまうので、

じぶんは病気なのではないか、と真剣に悩んだものだ。

幸いなことに幻聴幻覚ということもなく、

単なる面白くない奴だったのだが、

この俯瞰体質がわたしの仕事に実に合っていた。

けれど、

全体の輪のなかにいるはずなのに、そこからはみ出した心地でいると

たとえばゲストが「会場にいる全員に幸せが訪れますように」(イメージ)

と乾杯の発声をしたときなどに、

会場にいない、という意識のなかでどことなくせつなくなる。

この繰り返しである。

俯瞰というのはなんと寂しい、そしてすぐれた才能なのだろう。

 

全員幸せ

 

 

借りている未来に日差しがゆかぬやう遮光カーテンひと息にひく

漕戸もり

 

 

やさしいと厳しいと両方のまなざしで

短歌結社誌『未来』を借りているというわたしをみている。