天気予報の当たらなさをおもうと、どんなにお勉強のできるひとでも、
自然現象に於いて無力なんだなぁと怖くなる。
東大さんやハーバードさんが頼れないとなると、
わたしたちはオールを持たない舟か、地図を持たないスナフキンのようなものだ。
地震や台風でも、地球温暖化というもっともらしいけれど、
想像もできないような広大な概念に、力づくで押さえつけられて
「わかった」と言わされているような「わからなさ」のまま、
毎日を生きている。
 
夜間大雨予報且つ翌日早起きだったので、歌会あとのご飯会に参加しないで帰る。
 
ばっちこい大雨!
 
ファイテングポーズで風を切り、傘を刀のように脇に抱え地下鉄を降りた
 
、という夜に限って、
頑なに降ろうとしない雨なのだった。
 
予報という名前がよくない。
予想ですが報じますなのか、予定は未定ですなのか知らないけれど、
%なんて強気で予報するのなら、少しは正解くれませんか。
また温暖化に逃げるつもり?
もう結構。
お腹いっぱいです。
 
10月の東桜歌会。
題詠に関係する話題をひとつ。
 
薬指と人差し指はどちらが長い問題。
 
我らが総長(オギーですね)を始め、参加歌人の半数以上が薬指だった。
占い?によると、それは非常に面倒くさい性質の持ち主だそう。
まあ、文学を齧るには不可欠な要素なのかもしれないけれど。
わたし?もちろん薬指長しです。
どうりでめんどくさいわけです。
追記
手のひらを裏返してみると、なぜか人差し指が長い。
めんどくさいけれど、いいところもあるよってことでいいですかね。
 
 
相変わらずスクエアカット。やさしい秋です。
 
 

みづうみのまへは秋雨だつたから手をつなぐたび滲んでしまふ

漕戸もり

 

秋の雨はどの季節より好き。

寄り添いたくなる。

この先の人生に身を焦がすほど好きになるひとが現れるのだろうか。

NOだとしたら不幸だな。