旅らしい旅は滅多にしないとはいえ、お土産で生きている以上、時に感謝の意を伝えるのは大人としてのたしなみである。

こう見えて、餃子も焼売も種だけは手づくりにこだわっていたので、市販のものを買うことは皆無に等しいこれまでの人生だった。

なぁんて、別に料理自慢でもなんでもなくって、子どもの頃ひどいアレルギー体質で、ありがたいことに母が食品添加物に気を遣ってくれていた環境に育ったので、餃子や焼売は家で作るものだ、と思い込んでいただけの話。

パリピ(ホームパーティーピーポーの意)だった頃(遠い目)、食べ盛りの野球馬鹿家族の先輩が来ると言うから、張り切って変わり種の餃子を300もこしらえ、意識がなくなったことが懐かしい。

そうでなくても、慣れてしまえば簡単で、料理というより手芸のような感覚で、一度に100個は普通に握ったものだった。

お気づきでしょう。

 

すべて過去形。

 

市販の餃子や焼売の、添加物の多さわからなさは、今だに不安でしかない。

粘土?今話題の紅麹?ガム?????

書き出したらキリがない。

ただぁ〜(言い方は、粗品さんのYouTube参照)

時が過ぎ、いつの間に孤食が殆どの日々となってみれば、わざわざつまみのために数個の餃子を握るだなんて、もうできない体になってしまった。

それに、人生半分以上生きてきて、今更身長が伸びるわけでもなし、脳みそに影響を及ぼすでもなし、歓迎こそしないけれど、多少の添加物を体に入れたとて、まあ仕方ないでしょうという諦めの心境もある。

 

そういうわけで、お世話になっている老舗の寿屋の餃子と焼売。

国産にこだわっていて、お値段もそこそこするけれど旨い。

実は寿屋の餃子。

家人のお袋の味である。

義母は長年テーラーに勤め、洋裁の講師として長きに渡り素晴らしい功績をのこしてきた元祖キャリアウーマン。そのくせ、料理の腕も抜群でハズレは一度もない。

但し、餃子や焼売はダメだった。

そもそも作ろうともしなかったらしい。

あの手間が、義母を餃子焼売の手作りワールドから遠ざけていたと思うのは想像に難くない。

家人にとって餃子焼売は、家で作る代物ではなく(買ってくる)食べものとして、少なくとも小学卒業くらいまではそう信じていたそう。

子どもの頃の記憶は美しい。

懐かしい、に勝つものはない。

そのおかげで我が家の餃子焼売は、手作りから寿屋へ実に有効的に移行したのであった。

 

懐かしい寿屋の餃子焼売を、今日はお土産に買ってきた。

旅のお土産ではないけれど、旅と同じくらいエピソードがある。

お土産を選ぶとき、相手のことも慮るのはもちろんだけど、ささやかな自身の思い出なども影響する。

その影響を想像するのも楽しい。

感謝を込めて。

 

 

 

すべて国産。名古屋にお寄りの際は是非。

 

 

 

花の名で呼べばふりむく梅雨入りのあなたが潜る本の階段

漕戸もり

 

花の名前のともだちが数人いる。

偶然だけどみんな読者家だ。

インテリアの本だったり、ヨガの本だったり、谷崎潤一郎ひと筋というひともいる。

但し、本のジャンルは違うが、一様にうわの空である。

春も秋冬もそうだけど、梅雨のあいだのそれは、邪魔したら申し訳ないと思う種類の、孤高な感じがしてなんだか畏れ多い。

梅雨入り。

楽しみましょう。