ビジネスライクのひとたちと雑談中、ふと、どのように人生を生き抜くか、という話になった。
こういう話題は家族や友人ましてや恋人と話すと最後、ため息で終わることが多いけど、この仕事が終われば次に会うのは季節が変わるころ、というような人たちと突き詰めていくのは、なかなかに興味深い。
案外相手もこちらも、言い方は悪いけど『ああそうですか、せいぜい頑張ってくださいませね』などと、帰りの晩酌のことなどを考えながら、無責任に相槌を打つのも打たれるのも、だからこそほんとうの気持ちを晒せるような気がするのだ。たとえばメンタルクリニックに於いては、投薬の役割もあるのだろうがそれ以上に、耳を傾けるという行為では、決まりなので医師ではあるけれども、そんなことより『他者』だからこそひらききってしまう底があるように。
薄々勘づいていたんだけど、基本的にわたしはふざけていたいのだった。
いついかなるときも、ふざけていられたらそれはいい人生だったと思えるような。
但し、わたしの最期に「ああ、あなたはいつもふざけていましたね」などと指摘するのは断固としてやめてもらいたい。
「我ながらふざけていたなあ」としみじみ思う傍らで、「そんなことないですよ。あなたはほんとうに誠実で心根の良いひとでした」と周りの一人残らずが呟くような、そういうタイプのふざけてゐる人生を生き抜きたいのです。
ふるさとに小荷物の部屋みなみかぜ 漕戸もり