このところ、夢に出てくるくらい俳句歳時記を眺めている。
すると、今まで馴染んでいたとおもっていた季語だとしても、よくよく噛み締めて見てみるとマジか!というような気持ちにさせられることがある。
明らかに差別だとか時代錯誤とか、そんなものは源氏物語だって万葉集にだって残っているのだからもう驚かない。
マジか!の中には、この世の美しいものをすべてかき集めるとこんな言葉になりそう、とおもえるような季語から、それはちょっと言いすぎでは?と心配になる季語まであり、実は人間の感性や感情なんて、季語さえあれば言いあてられるような、単純なゲームみたいなものかもしれないとおもうのだった。
中部地方以外ではじめて参加したのがこちらの歌集の批評会。
懐かしい。
どのパネラーからも絶賛されていたにも関わらず、とうの歌人さんは虫で喩えると蓑のなかにちぢみこんで最後まで出てこなかったみのむしのように印象がない。
不思議な批評会だった。
どうしてかわからないけれど、わたしはこの歌集を読むたびにじぶんは女だということを自覚させられる。
それは嗜好を示す意味のセクシャルティーではなく、香水を振りまいている獣のようなつまらなさで、季語で言えば夜盗虫のような意味合いに於いてである。
ピアノを運ぶときとても時間がかかるけれどとてもやさしい(イメージ)
見物人影に集ひて毛虫焼く 漕戸もり
