錦三のつづき。
二次会は師匠の奢りとなりお金を渡されので、仲間よりひと足先に席を離れてレジへ行き、会計済ませたあと、みんなが出てくるのを、レジ周りに貼ってある有名人のサイン色紙を眺めながら待っていると、20をすこし過ぎたくらいの女の子に声をかけられた。
彼女も同じように会計を済ませ、レジ前で誰かを待っているようにみえた。
下品に見えるほど所狭しと壁を覆うサイン色紙を、わたしと同じように見遣りながら「サインすごいですね」と言うと、「誰のファンですか」と尋ねてきた。
酔いもありすこし面倒くさかったので、質問に答えず代わりに同じ質問を返してみると、
「スノーマンです」と言う。
「ああ、スノーマンね」と別になんの感情も入れずに言うと、「え!スノーマン知っているんですか?!わあー!誰が好きですか?」と、彼女は顔をぴかぴかさせてわたしに聞く。
わたしはまず、知っているんですか、で一気に気落ちしたところで、今度は誰が好きかといきなり問われ、おじけずく。彼女からすればわたしは妙齢の女であり、スノーマンを知らない世代なのかもしれないと推測したのだろう。スノーマンはわかるがそのなかで誰が好きかと聞かれると、それは好きとか嫌いとかそういう対象ではない、というようなことを答えた。すると今度は「じゃあ誰が推しですか?」と休みなく聞く。ちょうど目の前に千原ジュニアさんの色紙が見えたので「お笑いとか」と答えると、名も知らぬ若い彼女は、なんとなく神妙な顔つきになって「いろいろな推しがあっていいと思います!お笑いもいいと思います!」と、なぜかわたしは慰められたのだった。
そのあとも、爪が可愛いですね!わたしも来週から部署が変わって、やっとネイルができるんで、早速予約してきたんです!、とすべての言葉に!をつけたいくらいポップに話す彼女と暫く話し込んでいると、わたしの仲間たちがどやどやと、身支度を整えて開戸まで集まってきたのをきっかけに、またねと手を振って別れることとなった。
「だれ?知ってる人?」と仲間の一人が聞いてきた。「すごく仲良く話していたから」。
「ううん。ぜんぜん」
「へえ、そうは見えなかったなぁ」
 
彼女もわたしたちと一緒に外へ出ると、彼女と同じ歳くらいの男女5.6人のグループに「遅い〜」などと笑顔で迎えられながら、髪をくしゃくしゃっとされていた。
彼女は待たしていたほうだった。
 
もうすこし聞いていたかったなぁ。
スノーマンの話や会社の部署が変わる話、もうすぐ念願のネイルをすること。
どうかわたしの代わりに聞くひとが、彼女にいますように。
 
 
ここは一次会。映えるは映えるけど…というメニュー。

 

 木苺の花の恥じらふ牙を剥く   漕戸 もり