全体が町のような病院。
遠い日、ここで子を産んだことがあるけれど、当時は今の半分くらいのたてもので、近隣の草の匂いが届いてくるようなのどかな場所だった。
そうそう。
父はここから天国へ旅立ったのだった。
半日もいると、病を抱える人の多さに驚く。
高齢者のみならず、子どもや若い人が横たわるベッドが傍らを通り過ぎてゆくのとすれ違うと、歩幅が小さく遅くなり、罪に囚われる気持ちになるのはどうしたことだろう。
そんなふうだから、目的の科まですんなり到着するはずもなく、おまけに迷路のように道程は複雑で、まず声が、それから患者さんの姿が消え、そのうちに、精密機械を冷やすための風の音が聞こえるようになり、医療関係者の姿が多く見られるようになり、やっと辿り着く。
付き添い人として最初の手続きを終え、診察を待って居ると急に眠たくなってきた。
いや、寝てはいけない。起きろ。
もしここで眠ってしまったら、もう戻ってこれないような感触で、遭難者のように眠りの誘惑を払いのける。
生と死の境界には、眠りを誘う気が充満しているのだろうか。
病を抱える見ず知らずの人たちの回復を願う
昨春のケチャップを汚れと言へり 漕戸 もり
