踵の高い靴は、仕事場でしか履かなくなってから暫く経つ。
仕事場では、まず靴を履き替えることから始まる日々。
コンバースにスーツだなんて、いくらなんでもダサすぎると考えていた遠い日。仕事場の往復路になんの気遣いが要ろうか、と今ではすっかり図々しい。
だれも(あなた)なんか気にしていないことを知ってしまうと、本当に楽だ。
プライベートなら、眉をすこし足して都心へ出掛けるなど、朝飯前である。
迷惑?迷惑にもならないくらい、気にかけられていないんですよ、(あなた)は。
清々する。
 
仕事靴の修理でずっとお世話になっていたお店に、久しぶりに靴のメンテナンスをお願いしようと電話をしたら、使われていないとの機械音が流れてきた。
ネットでみても閉店とは書かれていないので、お店まで行くと、
 
跡形もない(泣)
 
もっと足繁く通っていれば、と思っても、本屋もシネマも靴修理店も、消えてしまってからでは遅い。
誠実な仕事ぶりに、いくら少し高い金額だとしても、納得しておまかせできた。
受付の奥さまは少し天然風で、それがまたお店の印象を柔らかくしてくれていた。
※神経質そうなブランドづくめの男性客に お前では話にならん。オーナーを出せ、と奥さまが怒鳴られていたのを偶然見かけたことがあった。どうか折れないで踏ん張って欲しい!と心の中で祈ったものだ。
腕のいい職人さんだっただけでなく、ご夫婦のバランスも込みでいいお店だったとおもう。
新天地でお仕事を続けていらっしゃるといいけれど。
縁があればまたきっと、修理をお願いできると信じています。
 
何枚目かのポイントカード。

 
わたしの靴たちを、どこにお願いしようか。
外反母趾のため、踵が歪に減ってゆくのを気にしながら、ぼんやり途方に暮れている。
 
名店が去るとき、たのしいなんてすこしもない。
あるのは絶望だけである。
 

 

夕日より朝日の似合ふ老木を始発のバスとして遠ざかる

漕戸 もり