急遽仕事がバラシになったので歌集の批評会に出かけた9月のとある土曜日。
すこし前に批評会についてはここでも書いたけれど、先日歌人ご本人と会う機会があったので改めてじっくりと歌集を読んでみた。
既にいろいろな歌人が多彩な読みを紹介されていて、そのときの資料も手元にあるのだけど、できるだけそれらに傾かないように読もうとおもう。
歌集 月ふとりゆく 神谷朋子 を読む。
結社かりんに所属の歌人、神谷朋子さんは教員をされている。
教師から眺める生徒を(商品)というのは乱暴かもしれないが、品々を手に取り慈しみ抱き育み育まれる姿勢は、職業詠から離れたとしても平らかで、時に硬くそれにも増してなぜだかやわらかい。
改札の吐き出す朝の定期券 いちまいのわたしほんのり温い p37
のりしろをぶらり垂らして待つてゐる肝心なことほどいつも言へない p41
行く川のながれにも似てどうしようシリア難民を映像に追ふ p75
小林セキ六十一さい獄中に多喜二うしなふ ひらがなも読めず p86
さみどりの葉のふちどりの水滴のふりむきざまに涙こぼれる p129
やわらかな眼差しは自身にも同様に向けられる。
一首目。いちまいのわたしのなんと心細いことだろう。
改札からめくりくる定期券の中の一枚としての体温は、誰にでも心当たりがあり、わたくしごととして心を掴まれる。
いちまい、といえばもう一首
いちまいの私に目が生え瞬きぬ屍のポーズから顔をころがす p74
※屍のポーズ…フリガナとしてシャバーサナ明記
がある。一日という時間経過の中で(わたし)は(私)になり、また翌日には(わたし)からはじまるのだろう。
(わたし)からはじまる朝を経て、ヨガを嗜んでいるのは昼か夜かわからないが、少なくとも朝の淡い(わたし)ではない。ああそうそう、という実感が湧いてくる。
二首目。のりしろというのは基本的に、分つ理由ができるまで本体然としてそこにあるのだけど、「ぶらりと垂れている」と最初から言ってしまえば、うまく機能していない心の襞のようにも見えてくる。肝心なことを言えないという主体だけど、かといって言うのもなんだかなという心の揺れが、垂れているという表現から浮かび上がってくるようだ。
三、四首目。先程は生徒を商品と言ってしまったが、生徒以外の他者へも慈悲深い目は注がれる。
シリア難民、小林セキ。作為的に選択したのだろうか。いや、そうでないと信じる。神谷さんが身を置いた職業が、弱者を見過ごすことができない性質とそのまなざしを育てたと思えるような二首である。
神谷さんの真骨頂はやはり生徒とのひとときにある。
何のために草取りをするか(精神力がつくとか言へよ)十七歳問ふ p46
部活やめるといつて泣きだし泣き止まぬ これから長くこの世にある子 p69
ヤギ育てヤギ売るまでのプロジェクトヤギも子どももいそがしくする p83
頬杖をついてぼんやりもの言はぬ子いつも両手が冷たいまんま p100
一首、ニ首目。神谷先生はいつもいつも生徒の声に耳を傾ける。
「精神力がつくとか言へよ。」「部活やめる。」
声をとりこぼさない、という点では次の一首もそうだ。
この日の子「本気で生きる」とか言つてドーナツ型に服を脱ぎおく p43
この歌の置いてある場所から、教師と生徒ではなく、母と子という軸になっているかもしれないので別に挙げてみたが、この歌にある「本気で生きる」という、なんてことない声もきちんと拾いあげ、歌の肝に据えている。
教師が生徒を詠む歌といえば、歌人に教職者が溢れすぎていて選びきれないけれど、すこし違う角度からのまなざしを、教職に就かれていた染野太朗さんの歌と比べてみよう。
馬跳びの馬になる夢見ていたと職員室で打ち明けられた
野球部を辞めた生徒がこの夏を七キロ太り「よお」と手を挙ぐ
わかるなんかわかるきがする生徒らはカウンセラーにのみ告げるだろう
「鬱王子」とぼくを呼びたる生徒らとセンター試験を解く夕まぐれ
〜歌集 あの日の海 染野太朗 本阿弥書店 より引用
染野さんも生徒の声を聞き逃さない模範的な教師だった。
けれども、拾いあげた幾万もの声の中から(ではどれを歌に落とし込むか)を考えたとき、選びとる声のピース(かたち)が神谷さんと違うのがわかる。
染野さんは、ピース(声以外にも言葉や人ら)から投影された自身の心の方を切りひらいてゆく、痛みを伴って。それは生徒という、無垢な、それでいて無遠慮なものであれば尚更ひりひりとするのだが、それを引き受けて歌を詠むことで読み手の共感を獲得してゆく。
一方の神谷先生はどうだろう。
ここでわたしが作家の性差の違いを述べてくらべたら、たちまち抗議の声があがるだろう。では産む性を違いの原因だと言ったらどうだろう。いやいやもっと誤解をうみそうだ。それでも、もしわたしに語彙が少ないことを大目にみていただけるのなら、生まれながらに持っている母性というものが、それらの声を分けてゆく神谷さんの指には宿っているような気がするのだ。
神谷さんは既に母であるらしいが、巻末近くでお祖母様になる。
海なのか森にゐるのかおよぎつつ眠り思索し排泄する胎児 p168
見舞ふことかなはぬ産屋に子はひとり子を産みにゆく覗いてはならない p171
木星と土星かさなるこの夕べわたしは赤児をあやして唄ふ p175
一首目。海か森か或いはそのようなものに泳ぎ眠り排泄をするという胎児。それはまた歌人そのもののかつての姿にも重なるようだ。そこが出発点であることの確信と美しさは比類ない。
二首目。現実的な出来事としてあったコロナ禍で、面会そのもののが叶わなかったのかもしれないが、産むという行為には、いつでも誰にでもいちように他者には立ち入れない神聖な感触があるものだ。それはわたしが産む性を持ち、その体験があるからに過ぎないが,産まない性、又は産む性を持つけれど産めない産まないという人の方が、むしろその思いを強く抱くかもしれない。それはわたしたちが共通して(産まれて)きたからであり、その人たちは産む行為から果てしなく距離を置いているからだ。だからだろう、難しいことはなにも語っていないのに万人に腑に落ちる歌となった。
三首目。この歌集の結びをかざる歌。海に森に泳ぎ眠り排泄をするという胎児は、産み落とされ木星と土星と歌詠みである祖母となった歌人にやさしく包まれる。
繋がっているということは愛おしい。連作の一首目から発展してゆくさまが美しく、結びにふさわしい未来となった。
この歌人の未来はここからどこへ繋がりをみせるのだろう。どんな繋がりかは読者にはもちろん歌人自身にもわからない。けれどこれからも、職業から培われた平らかで時に硬くそれに増してなぜかやわらかなまなざしは枯れることなく、わたしたちを魅了するのだと信じたい。
※引用歌
歌集 月ふとりゆく 神谷朋子 本阿弥書店 より
美しい装幀。
黒板のあをはこたへによごされてとほのくやうな忘却にゐる
漕戸 もり
先生の声ってよく眠れた。
正解なんかどうでもよかったのだ。

