高層マンションは6階から19階建てのことを指すと不動産屋の友人から聞いたことがある。20階以上を超高層マンション、いわゆるタワーマンションと呼ぶらしい。
 
このわけかたで示す高層マンションに住んでいる。
すると時々、虫も飛んでこないでしょうとか、カーテンをひかずに裸で部屋にいられるからいいねとか言われることがある。
いやぁ、そんなことないっす。
裸云々はまたいつかお話しするとして、虫は飛んでこない論派の家人に言わせると、外出先から戻ってきたわれわれの衣類に付いて部屋に入ってくる、らしいのだけど、実際のところはわからない。
遊び心もあって、タワマンに住んでいる友人Aに聞いてみた。彼女のマンションはそもそも窓が開かない。ホテルのように常に温度と湿度が集中管理されており、布団や洗濯物を干すスペースもない。テラスはあるけれど、そこは干場ではなく夜空を観ながらくつろぐような空間なのである。
彼女の住まいに蚊が入ってくるとしたら、玄関かこのテラスである。このうちの玄関は、可能性でいったら低い。なぜなら、彼女の部屋にたどり着くまでには。。。
部屋番号押す→エントランスの自動扉が開く→エスカレーターを上がる→コンシェルジュがいる階に着く→部屋番号を押す→自動扉が開く→何基もあるエスカレーターボタンを押す→どなたも乗っていない基がするすると降りてくる→乗る→階に到着する→目的の部屋へ行くのに、薄暗い迷路のような通路を部屋番号の矢印に沿って歩く→到着
。。。を経るため、その道すがら、虫どころか小学校に通う彼女の子どもたちの体に付いた砂もすっかり落とされているはずなのだ。
虫は侵入するのか、しないのか。するとしたら衣類に付着説かテラス説か。
こたえは…
「蚊かなにか知らないけど、なんかよくわからなちいさな虫はときどき入ってくる」らしい。
さてはテラスか。
そうだとしたら、そのような高所へ虫は、飛ぶというより風に飛ばされているという側面があるのか。
 
我が家に蝉がやってきた。
ところで、彼女の言う「ちいさい虫」の定義に、蝉は入るのだろうか。
すっかり聞き忘れていた。
なぜなら、我が家ですらさすがに蝉が飛んできたことははじめてなのだ。
よくみると蝉は、あれっ?なんか間違えてる?という顔つきである。
掴んで空へ放してやろうかともおもったけれど、せっかくの珍客である。そのままにしておいた。、と言うとかっこいい大人対応みたいだけど、情けないことに素手ではさわれないだけだった。
夕飯を食べ終わって小一時間過ぎたのでふと窓をみると、既に蝉の姿は跡形もない。
写真を撮っておいたので、そこに確かに在ったことは間違いないけれど、階下に並ぶ街路樹まで相当な距離がある。待てよ、蝉が木を目指すだなんて、もしかしてこちらの勝手な思い込みかもしれない。
土だ。
そういえば、近くにはマンションの建築ラッシュが続いている。ここから認めるだけで3棟もある。
あちらにもこちらにも、どこからか赤や黒の大量の土が運ばれ、日曜日以外毎日毎日、均したり積みあげたり土ぼこりをたてているのだった。
蝉は土とともに運ばれてきたのだろうか、それとも土のなか蛹のままでやってきて、工事現場で孵化したのか。そして、目が覚めたらいきなりの都会に驚き、土ぼこりに勢いを借りてここまで吹かれてきたということか。
 
どういう気もちになっていいのか、わからなくなってきた。
ようこそ、という歓迎の気もちもあれば、申し訳ないという気もちにもなる。
どの側に気もちを置けばしっくりくるのだろう。
どの側。
最近そんなことばかりだなぁ。
蝉、精一杯生きてほしい。
 

 

  てのひらに網戸の跡が遺る蝉     漕戸 もり

 
 
網戸をぎゅっと握った跡をみつけたら、それはあの日の蝉です。