歌人馬場あき子の日々「幾春かけて老いゆかん」を観る。
才能は言うまでもなく、逆年齢詐称を疑うほどしっかりされている。
想像できないような大富豪などと同等に、九十歳越えの歌人は圧巻の存在感で、当然ながらわたしから<差し上げましょうか>などと、補うようなところがひとつもない。
無理やり何かないか、と絞り出してきて<若さ>を押しつけても、かの歌人は、今さらあなたの歳まで戻りたいなどと、これぽちも言わないだろうことに考えが及ぶと、我ながら発想の貧しさに一層傷つくだけだった。
 
健康。
それも才能の一部。
一部と言いつつ歌人の功績の9割がたは、健康に拠るのだということをこれでもかと思い知らされる。
わたしは先生のように、美しく元気で朗らかでおしゃれでお笑い好きの九十五歳になれるのだろうか。そのうえ短歌や能への造詣も深いままで!
 
馬場あき子さんの歌は巷に溢れすぎているので、ポイポイ棄てるように読んでいた。
じゃないととてもその分量に追いつかない。
これからはちゃんと読もう。すべてをさらっと読んでわかった気になるよりも、すきだとおもう一首をみつけるように丁寧に丁寧に読もう。もしそれで未読の歌が漠然とあるとしても、もういい。
もういいと、映画を観て考えを改めた。
 
ほかにも映画の感想を述べたいけれど、まだご覧になっていらっしゃらないかたもいるとおもうので、個人的な見どころをすこしだけメモしておく。
 
①辻さんのハムスター話
②新聞投稿は下句がたいせつ。葉書投稿の場合どうやら氏名は歌の横に書くらしい。
③歌のなかで言葉を なし で打ち消してもその言葉はとどまる。
(このことをなんて表現していたか忘れてしまった)
 
 

相席の一輪挿しに花のなし一期一会をさびしいと呼ぶ

                  漕戸 もり

 

早速③を試してみた。

なるほど!