テレビの企画に芸人が踊らされているという苦いおもいで、
芸人さんたちが応募していくところからずっと動向を見守っていたザセカンド。
多分だけど、参加者も視聴者もなんとなくうさん臭さを承知で面白がっていたのは
少なからずあったとおもう。
それくらい降ってわいたような大会だった。
最初は。
でもいつからか、勝ち残ってゆく芸人さんの数が絞られてゆくのと比例するように
いやいや待てよ、とんでもないものに首を突っ込んでしまったの?と
企画そのものは一旦置いておいて(そもそもフジテレビでさえ
松本人志を引っ張り出してきたので、お笑いの限界をかんじざる得なかった)、
ずるずると引き込まれてしまった。
お笑いというジャンルは単なる記号でしかない。
感情のなかで、最も親しみやすくてわかりやすい<笑い>から
受け取るもののなんと大きなことか。
どんな状況でも環境にいても、それぞれがそれぞれの場所で<気づく>。
M1はどちらかといえば若者の背中を押すトーナメントだとしたら、
ザセカンドは、前にいる<神さま>のようなものから
手を引っ張ってもらうような大会だ。
※わたしは無神論者なので特定の神さまを指すのではない
噛み砕いて言うと、まだまだできる、だいじょうぶ、と
高みから声をかけてもらうような、という印象に近い。
どの芸人さんも素晴らしかった。
金属バットは今後十分期待できるし、スピードワゴンなどは一緒に育ってきたかんじがするせいか、
同級生の教室のうしろでばかやっている男子にしか見えなくて、
それで永遠に観ていられそうだった。
囲碁将棋は1,000万貰えなかっただけで(ここ大きいけれど)もう優勝でしょう。
マシンガンズの西堀さんは、悪態ついているのに照れているようすが、
往年のビートたけしを彷彿させて目が離せない。
優勝したギャロツプについては、もうなにも言うことがない。
M1で優勝したウエストランドのネタを、人を傷つけるとか観ていて嫌な気持ちになる、
という声も聞いたけれど、いやいや、違うんですよそれは。
アントニオ猪木からはたかれて虐待だとおもわないでしょう。
決勝で、ギャロップに確か一点(おもしろくないとおもったひとが入れる点数)が
数個入っていたけれど、想像するに<常識人>が、体の欠陥(この場合禿げ頭)を
ネタにすることを、良しとおもわなかったとしかかんがえようがない。
ウエストランドが優勝して以来、
井口さんにいじって欲しい自治体や企業やら個人やらが続出していることを考えると、
ああそれとこれは違うんだな、と理解できる<おとな>が増えてきたことがわかるように、
ギャロップの禿げネタに磨きがかかることは間違いない。
あ、洒落を申したわけではありません。
まだまだできる、だいじょうぶ。
いただきました。
5月、もうひと頑張りします。
脇に汗瞳に汗の夏衣 漕戸 もり
