寒い、と言ってから一日がはじまる。
一日だけでなく何もかもが「寒い」からはじまる。
氷かよ。
氷だよ。
せっかくなので鮮魚みたいに、凍っているうちは劣化しなければいいのに。
つまり老けないということです。
ああ、寒い。こんなことをかんがえているうすら寒さよ。
「本の雑誌」の発行人だった目黒考二さんが亡くなった。
購読していたわけではないとおもうが、
リビングにこの手の雑誌がころがっているような家で育ったので、
わあなつかしい、とおもった瞬間これはヤフーからの死のしらせだと気づく。
目黒さんのほくろが世界で一番すきだった。
ほくろももう見ることができない。
目黒さんはいろいろな名前で執筆されていたけれど、
わたしは目黒考二名義のエッセイしか読んだことがない。
だからわたしの目黒さんの印象と生粋のファンのかたの印象は、
まったく違うかもしれない。けれど今日はおゆるしをいただいて自由に話させてください。
目黒さんの書く文章は、もしかしたらこれは書いているのではなく
口述筆記なのかとおもうくらい軽快で、満員電車に乗り合わせたの隣の知らないおじさんの
心のうちを活字にしてゆくと目黒さんのエッセイになるのだろう、と見当をつけて読んでいた。
そうおもいながら読むと、宇宙人を知るようにほんとうにおもしろかった。
なにしろこちらは子どもなのだ。
こんなふうに「本の雑誌」を拾い読みしていたのは幼いころなので、
当時目黒さんは若者だったはずなのに、すでにわたしのなかで目黒さんは
中年で、おじさんで、今おもうとたいへん失礼な話なのだが、
スタンダードなおじさん像をつくりあげるのにずいぶん貢献していただいた。
おじさん像もそうだけど、このほかにも「本の雑誌」に影響を受けていることは意外と多くある。
わたしの理想のおとこの人像は、「本の雑誌」が軸になっているというのもそのひとつだ。
「本の雑誌」は、目黒考二さん、椎名誠さん、沢野ひとしさん、木村晋介さんが
設立された本の雑誌社が発行していた雑誌なので、この雑誌を経由してその4人を知った。
目黒さんの軽快なエッセイはさることながら、新名誠さんの岳シリーズにはまり
(その影響で渡辺一枝さんのエッセイにも魅せられた)、沢野ひとしさんのイラストに癒され、
木村さんのことは森瑤子さんのエッセイに登場してきては妙にうれしがったり、
4人のおとこの人の存在は、思春期のやわな女の子の概念をしっかりと固めてしまった。
あのやわな女の子がもっとも影響を受けた4人のおとことは、既になきビートルズではなく
本の雑誌社の<中年のおじさん>だった。
読書のおかげで心だけおばさんのような小学生だったので、そのときは口に出せなかったけれど
やっとみてくれが、心に追いついてきた今なら隠さずに言える。
ああ、すっきりした。
そういう経緯もあってか、これまでのボーイフレンドはこの4人のタイプのいずれかに該当する。
とはいっても、これはあくまでも自分勝手なイメージで4人をまずタイプ別にして、
それにあてはめていっただけに過ぎないから、だれにでもつかえる分別法ではないのだけど、
思考も性格や生活環境も違うボーイフレンドたちには共通して、「本の雑誌」臭がする。
そのせいで、なんだか互いがみんなすぐにともだちになりそうな性質を持っている。
そうなると理想のおとこの人像の最終形は、表向きには家人ということになるが、
家人は目黒さんタイプに属する。
どんなところが、とここで書き出してもいいのだけれど、最終的に目黒さんの悪いところ
(あくまでも執筆物から嗅ぎとったわたしの見立てです。実在のご本人とは関係ありません)
を連ねてしまいそうなのでやめておく。
それに、それは家人が悪いというよりはわたしが悪いということもありそうなので、
理想と暮らすのはなかなか大変だということがわかっただけでもよしとしよう。
それにしてもあの4人は奇跡の4人だったなあ。
今でも男性すべてをなんとなくあの4人のどなたかにあてはめてしまうので、
未だにとくに中年のおじさんに甘くなってしまう。
そうじゃないっていうひともいるのだけれど、4人以外の模範例を知らないからしょうがない。
さびしい。
寒い。
ああ、寒い。
目黒考二さんのエッセイを実家に取りに行ってきます。
目黒さん、ありがとうございました。
ふうふうと冬凪ゆがむ瀞みかな 漕戸 もり
追記
♪may grow for all you know〜
カーペンターズ「For All We Know」より
聴くたびに目黒さんです。
ほんとうにありがとうございました。