石橋が発案した肝いりの法案が上程され、議院運営委員会で審議が始まった。提案内容は、委員会メンバーには事前配布されており、その内容は、あっという間に議員とマスコミに広く知れ渡っていた。驚いたマスコミは、議院運営委員会の会場に殺到していた。委員長の指名により、起案者として首相が自ら趣旨説明を始めた。

 「この法案は、解散権に関するものです。首相の解散権は憲法で認められていますが、最近は、解散の大義がなく、政権延命のための解散ではないか、と国民から批判を受けることが少なくありません。問題は、大義があるかどうかではなく、国民から政権延命のための解散ではないかとの疑念を持たれることです。それは、国民の民主主義に対する信頼を損なわせることになりかねないからです。そこで、政権の延命を目的とする解散を防ぐために、国会法の改正を提案したいと思います」

 こう切り出した石橋の発言は、テレビで実況中継されており、ほとんどの国民は、政権延命解散ができなくなるのは大歓迎だと評価した。しかし、玄人筋は、そんなことをしたら憲法違反だから法案が成立しないだろう、と否定的だった。

 石橋は続けた。

 「言うまでもなく、解散権は憲法で認められた首相の権限で、新首相は選挙後の特別国会で最初に首班指名の選挙を行い、国会議員の中から首相を選ぶと規定しています。したがいまして、民意を問うために解散をするという行為は、たとえ真の目的が政権の延命であるとしても、憲法違反ではありません。問題は、民主主義に照らして、そこに正義はあるかということです。この政権は、政権延命のための解散に正義hはないと考えます。そこで、政権延命のための解散が実質的にできないように国会法を改正しようとするものです。具体的には、『解散を行った首相は、次期首相に就任することを禁止する』条項を加えることを提案したいと思います」

 首相の解散権の制限は憲法に違反するということで、当初は否定的だった玄人筋も、そこまで聞いて納得。
 提案説明が終わると、下野した保守党から予想通りの質問が出された。

 「国論を二分するような法案で国会の議論が紛糾したとき、解散して国民に信を問うということは有意義な民主的手続きです。それを、まるで、今まで政権維持のために解散をしてきたかのような言い方をするのは悪意ある印象操作ではないでしょうか。解散権は、今までもそうであったように、これからも民主的手続きとして必要な首相の権限ではないでしょうか」

 「お答えします。私は、今まで政権維持のために解散権を行使したことが問題だとは一言も言っていません。おそらく国民に信を問いたくて解散したに違いないと信じたいと思います。そうでなければ悲しすぎます。ただ、権力維持のための解散ではないかと国民に疑念を持たれること自体が問題だとは言いました。“李下に冠正さず”です。選挙制度を改正しましたから、次の選挙では、プライバシーコードごとに投票内容をデータベース化して、投票後に投票内容を変更できるようになりますから、国民の信は常時問うことができることになります。つまり、600億円近い費用をかけて解散総選挙を行う意味はもはや薄れました」

 こうした質疑応答の後、保守党以外は与野党ともに賛成票を投じ、法案は圧倒的多数で可決された。保守党も、若手は、この法案に反対する理由はなく、反対すれば国民の反感を招くだけだという主張を党内でしたが、重鎮の圧力に屈して嫌々ながら反対票を投じた議員も少なくなかったようだ。

 この法案の可決は、翌朝の新聞のトップを飾ったが、国民はさほど驚かなかった。プライバシーカードを使った選挙の大改革。議員定数の半減。道州制の導入。これまでやってきたこれらの成果は、今までの政権では逆立ちしてもできなかったことばかりだ。だから慣れっこになって、少々のことでは驚かなくなっているのかもしれない。
 しかし、玄人筋は驚いた。政権延命のためにしか見えない解散に辟易していたからだ。大義の無い解散でも、法に触れるわけではない。首相の解散権は憲法で定められている。解散を制限するために憲法を改正するのは無理だとあきらめていた。ましてや、首相が自ら、解散した首相の再任を国会法で禁止するような提案をするとは想像だにしなかった。

 改新党のこれまでの一連の政策は国民から圧倒的な支持を得て、政権支持率は80%を超えた。国民から絶大なる信頼を得たことに、改新党は自信を深めた。前政権の末期には、政権支持率は40%を切るまで下がり、支持する理由も、約半分が“他の政権よりもよさそうだから”で、“支持政党の政権だから”と合わせた消極的支持が80%以上だったことを思えば隔世の感がある。
 いよいよ、改新党が本丸政策に着手するときが来た。ベーシックインカムの導入、それとバランスをとる消費増税、そして消費税を間接税として消費時に上乗せするのではなくして国民が税務署に直接納税する直接税化、これらの経済政策パッケージの立法化だ。

 最初に、税制改革とベーシックインカムが並行して審議された。ベーシックインカムは、見方を変えれば、定額のマイナス人頭税とみなすことができ、これらを合わせた全体で国民の税負担がどうなるかを議論するのが妥当だからだ。
 民進党は、『あまりに急進的な税制改革で、大きな問題にぶつかって引き返せなくなったらどうするのか』と、舌鋒鋭く追及してきた。想定していた質問ではあったが、政府は明快な即答を控えた。石橋は、野党が懸念する問題を具体的に聞く場を持ち、法案に反映させたいとして、幹事長会議を各党に呼び掛けた。
 保守党以外のすべての党が呼びかけに応じた。改新党の政策に対しては各党とも一目置いており、改新党と一緒におみこしを担ぎたかったようだ。改新党が掲げる政策が失敗することを切に願っている保守党は、改新党の用意したおみこしの担ぎ手になることを拒んで、幹事長会議は欠席した。法案を阻止したかったからではない。むしろ法案が通ることを望んでいた。政策が大失敗すれば、それを追求して起死回生の目があるかもしれないと思ったからだ。
 税制改革法案は、野党の指摘に歩み寄って、現行税制から新税制に向けて毎年20%ずつ5年かけて移行し、毎年問題の有無をチェックするという形を最終案とした。もちろん、保守党以外の圧倒的多数の賛成で可決された。何のことはない、結局、畠中の提案を受けて石橋が合意していた着地点に落とし込んだ。
 改新党の本丸政策がすんなり可決したあとは、各省庁が石橋の要請をうけてまとめた法案を順次審議し、すべての法案が、野党の修正提案を織り込みながらすんなりと可決した。
 これらの政策が、この国をいかなる方向に導くことになるのか、遅くとも5年後にはその姿が明らかになるはずだ。