畠中は、これまでの税制を辛辣に一刀両断した。

 「先ほども言いましたが、これまでの政府は、取りやすいところからできるだけ多くの税を集め、集めた税は自分たちのものと思っていたようです。国民が痛税感を感じにくいように、言葉は悪いですが、工夫を凝らしてこっそりと徴税しているのは、よほど税の使い道に後ろめたさがあったのだろうと思えてしまいます」

 「それは、給与天引きによる源泉徴収のことですね」と、中川幹事長が先走ると、石橋がさらにかぶせた。

 「老齢年金もそうですね。本人と雇用主とで年金掛け金を折半していましたが、雇用主負担分は人件費として計上されますから、雇用主負担分を給料として支払って従業員本人が年金掛け金を全額支払うのと実質的には同じ事ですからね。完全にまやかしです」

 「私もそれらを念頭に置いていました。付け加えるとしたら、消費税を初めて導入したとき、当初の価格表示は、消費税を内税とした総額表示でよくて、消費税分の表示は義務付けられていなかったことですね。発想の原点は同じです」

 石橋が、思い出したように暴露話を始めた。

 「そもそも、老齢年金の始まりは戦前の戦費捻出だから、はじめからやましいところがあったんだよ」

 中川が続いた。

 「印紙税も、オランダが戦費捻出のために発明した税制だそうです。それは良い手だということで、我が国も導入したようですね」

 その話は畠中の興味をそそった。

 「それは興味深い話ですね。まさにそのような問題を取り上げたかったんです。今はとにかく税が複雑です。一度導入した税は行政の既得権益になって、必要性の有無にかかわらず、なかなか無くなりません。かてて加えて、多くの税に、減免措置や様々な線引きが仕込まれて、官僚や政治家の利権の温床にもなっています。いびつな税制です。民主社会の税制は、シンプルで透明なものであるべきです。“水清ければ魚住まず”と言いますが、税制がシンプルで透明なものになると、政官財の鉄のトライアングルの生息域は狭まり、税理士は絶滅するかもしれません」

 石橋は、民主社会の税制という言葉に引っかかった。

 「我々は、選挙制度を大胆に変革して真の主権在民を実現しましたが、次は、真の主権在民にふさわしい税制を実現することを畠中さんは提案したかったんですね」

 「はい、その通りです。国民は納税の義務を負っていますが、収めた税金の使い方には何の直接的権利も行使できず片務的でした。しかし、我々の政権は、国民から選ばれた国家公務員評価委員会による人事評価を可能としました。さらに、前回選挙の投票内容を後からいつでも変更できるようにしましたので、国会議員にとっては、常時選挙の洗礼を受けているようなもので、当選してしまえば次回選挙まで安泰とはいきません。それは、民主社会にふさわしい税制を実現する下地になるはずです」

 「民主社会にふさわしい税制を、『サピエンス経済』の続編ではどのように記したいですか」

 石橋は、畠中の頭にはその概念が出来上がっていると確信して、それを聞き出そうとした。畠中は、そう聞かれることを待っていたかのように即答した。

 「答えは一つではないと思いますが、少なくとも、一つの答えは持っています」

 「答えは、一つあれば十分じゃあないですか。正解でさえあれば」

 「そうですね。私自身は正解に違いないと信じていますので、そのご説明をします」

 そういう畠中は、かなり気分が高揚しているように感じられた。一同は、一言一句聞き漏らすまいと神経を畠中に集中させた。凛とした畠中の声は、そんな張り詰めた空気を引き裂いた。

 「私は、税を極限までシンプルにしたいのですが、大きく二種類の税に集約できると考えています。一つは言うまでもなく、社会から受ける便益に応じて支払う消費税です。もう一つは、社会に迷惑を掛けることに対する迷惑税、経済用語で言えばピグー税ということになるのでしょうか」

 中川が解説を加えた。

 「経済活動の循環ループに含まれないが、ループの外部から経済に及ぼす悪影響を外部不経済とか負の外部性とか言いますが、それに対する税を、提唱者ピグーの名を冠してピグー税と呼んでいます」

 「補足していただいてありがとうございました。この二種類以外の税は原則廃止でいいと思っています」

 「中川幹事長は、これについてどう思われますか」と、議長が中川の意見を求めた。

 「社会から受ける便益に対する消費税と、社会に与える迷惑を補償するために課税する迷惑税の二本立てにするというのは、シンプルで透明な税制の極限の姿で、基本的にはいいのではないかと思います」

 石橋党首は、納得の表情で、議論を次のステージに進めるべく扉を開いた。

 「『サピエンス経済』に書かれているように、一人月額5万円程度のベーシックインカムで所得の再分配を行い、消費税に軸足を置く、ということでコンセンサスを得られたようですね。では、この議論はこれくらいにして、今までほとんど議論してこなかったピグー税について議論しましょう」

 こうして扉を開いた次のステージでは、石橋の想像をはるかに超えた議論が展開されることになった。