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手塚治虫について

『ブラックジャック創作秘話~手塚治虫の仕事現場から~』
吉本浩二 (イラスト), 宮崎 克 (原著)




『 このマンガがすごい!2012 オトコ編 』で、見事1位の座を射止めた漫画。
手塚治虫の名作、ブラックジャックを中心に、
彼の制作現場の裏話を、関係者の証言を元に再現した作品。

表現者して泥臭いまでに、自身の理想を追い求めた手塚治虫の情熱が心を打つ内容。


人は彼を漫画のカミサマと呼び、漫画界の頂点に立つ誰もが認める天才。


時に、天才とは、人よりも努力をいとわない才能を持った人を指すと言う。

絶えまない探求心と、理想を追求するための絶対的な行動量を努力と呼ぶのであれば、
彼もまた例外ではなく努力の天才だったようだ。



連載を8本かかえていたときは、
年末年始も含め、年中無休で作業に当たり、徹夜も日常茶飯事。
タクシーや飛行機の中など移動中でさえマンガを書いていたというのは、有名なエピソード。


どんなに多忙でも、クオリティには一切妥協しない。
ブラックジャックのストーリーを考えるとき、
自身でストーリー案を4案を出し、編集者に意見をもとめ
1案に絞っていくのが慣例だったらしい。
100話あったら、その裏には使われなかった300話があるという。


また、人がどんなに彼を賞賛しようとも驕ることなく、
若手の画風や漫画を研究し、常に自身の表現を高めていく姿勢を忘れなかった。



「創作を志すものが、完璧をめざさないでどうするんですか!」
という彼のメッセージは力強い。


僕の仕事は決して、表現や創造性を極める仕事ではないれど。
それでも、その分野のプロフェッショナルとして、完璧を目指さなくてならない。

いま自分にできる最高のパフォーマンスを続けなければ、いまの自分は一生越えていけない。

料理について

クリスマスを含んだ3連休にも関わらず、
冷蔵庫もテレビもなくて、
しかもクレジットカード兼キャッシュカードも無くなっていることに気付いて、
テレビを買って、映画浸けの休日を過ごすという計画は元より、
3連休を財布に入っている1,500円だけで、どうやって食い繋ごうか、
なんて考えていたら、友人から忘年会のお誘いが来て、助かった。

タダ飯をご馳走になっただけなく、お鍋の残りの材料をお土産にいただいて
プチ飢餓状態に陥ることなく生存。


結局、必死に探してみたら、キャッシュカードはなぜか水着のポケットから出てきて、事なきを得て、
お土産に貰ったシメジとワンタンを食すために、
白菜とタラを買ってきて、一人で水炊きをすることにした。


イブに一人鍋、なんていう環境が、
厳しい寒さを、余計に冷たくするようだけれど、
水炊きした白菜が美味しくて、そんな気分はすぐにどこか別の誰かの所にでもいって、
いままで白菜という存在を過小評価していた自分に気付いたよ。

魚で出汁とって、材料を塩茹でして、ポン酢で食べてるだけなのに、
たいへん美味しくて、
98円の白菜でこんなに幸せな気分になれるなんて、
なんか料理ってすごいなあと、そのとき強く思った。


文字の通り、食べたものは自分の血となり肉となるんだから、
そりゃ良いものを美味しくいただいたほうがいいよねって考えるとやはり料理って重要、
これから週末は出来る限り料理をして、ゆくゆくは料理の鉄人を目指すことにしようと思って、
さっそく冷蔵庫を楽天で注文して、クックパッドのアプリをiphoneにダウンロードした、
そんな単純な自分が割と好きになってきたよ、という話。

9月3日の日記/カエルとサルトル

本屋で立ち読みしていて、目に止まった「茹でカエル理論」

50度のお湯にカエルを浸すと、
驚いて一目散に逃げ出す。
けれども、20度のぬるま湯に浸け、
そこから25、30…と徐々に暖めていくと、
50度になっても、お湯の中から逃げ出さず、
茹でられて死んでしまうらしい。

哀れなカエル。

カエルの事が気になって、あとでウィキペディアで調べたら、
疑似科学的な比喩らしい。なんだ。

ビジネスでは、環境の変化に対応する事が重要です!
という自明のことを言うために、比喩の中で茹でられて殺されてしまった、
そんな哀れなカエル。


そんな、カエルのストーリーとはあまり関係がないのだけれど、
少し前に、誰かがツイートしていた言葉が、いまでも記憶の断片として自分の中に残っている。
それは、次のような言葉だ。

 インターネットの発明によって、
 人間は多くの時間を作り出した。
 そしてその時間をインターネットで浪費してる。


なんというパラドックスだろう。 

日々行為の中に埋没してしまい、無意味の積み重ねによって
割り当てられた限りある時間が埋められていく。
そんなのは凄くいやだ。


強制的でも良いし、チープでも良いし、
中途半端でもいいから、
やっぱり何かを目指して走っていかないと、
無為と怠惰という無限の宇宙に時間が飲まれていく。

例の喩え話のカエルのように、
ぬるま湯に浸っているだけで、人生が終わってしまう。


電車に乗っていると、
秋のビールの広告が、必死に夏を追い出そうとしているようだけれど、
まだまだ夏は終わらない。

僕のルールでは、秋は10月15日から始まる。

そして秋が来る前に、ひそかに打ち立てている、
今年の夏の目標を、ひとつひとつ越えていく。