『道』&『ゴールデンスランバー』
久しぶりに映画を観たい気持ちが高まってきたので、
今週の日曜日は2本の映画を観た。
片方は、今から56年前のイタリアで公開された作品。
もう片方は今年の1月に日本で公開された作品。
『道』フェデリコ・フェリーニ監督 イタリア 1954年
★★★★☆

粗暴な旅芸人(ザンパノ)と、その旅芸人に買われ助手となっている
白痴の女性(ジェルソミーナ)のロードムービー。
エゴイスティックで頑な男、無垢で従順な女、というやや古めかしい男女感の中で
普遍的な人間性について深く洞察された作品だと思う。
奥深く、じわじわと心に落ちていく。
ジェルソミーナがそこ居ることの意味に気付くことができなかったザンパノは、
喪失によって、初めて人間性を取り戻していく。
「どんな物でも何かの役に立っている。この石ころだって」
という台詞が暖かいなあ。
『ゴールデンスランバー』中村義洋監督 日本 2010年
★★★☆☆

伊坂幸太郎原作。
首相暗殺の濡れ衣を着せられた男の、逃亡劇を描いた作品。
一般市民が、絆の力を武器に国家的事件に立ち向かっていくという構図は素晴らしい。
幾重にも重なった伏線は、この映画の醍醐味になっている。
とてもよく出来た映画。だからこそ惜しいなという印象。
想像の世界で情報が補完されていく「小説」でならば許される、やや現実味を描いた展開も、
「実写映画」になった途端、リアリティを描いて陳腐化してしまうような、
そんな瞬間が何度かあった。
今週の日曜日は2本の映画を観た。
片方は、今から56年前のイタリアで公開された作品。
もう片方は今年の1月に日本で公開された作品。
『道』フェデリコ・フェリーニ監督 イタリア 1954年
★★★★☆

粗暴な旅芸人(ザンパノ)と、その旅芸人に買われ助手となっている
白痴の女性(ジェルソミーナ)のロードムービー。
エゴイスティックで頑な男、無垢で従順な女、というやや古めかしい男女感の中で
普遍的な人間性について深く洞察された作品だと思う。
奥深く、じわじわと心に落ちていく。
ジェルソミーナがそこ居ることの意味に気付くことができなかったザンパノは、
喪失によって、初めて人間性を取り戻していく。
「どんな物でも何かの役に立っている。この石ころだって」
という台詞が暖かいなあ。
『ゴールデンスランバー』中村義洋監督 日本 2010年
★★★☆☆

伊坂幸太郎原作。
首相暗殺の濡れ衣を着せられた男の、逃亡劇を描いた作品。
一般市民が、絆の力を武器に国家的事件に立ち向かっていくという構図は素晴らしい。
幾重にも重なった伏線は、この映画の醍醐味になっている。
とてもよく出来た映画。だからこそ惜しいなという印象。
想像の世界で情報が補完されていく「小説」でならば許される、やや現実味を描いた展開も、
「実写映画」になった途端、リアリティを描いて陳腐化してしまうような、
そんな瞬間が何度かあった。
ストイックの正体
<stoic>
--------------------------------------------------------------
[名]
1 (Stoic)ストア学派の哲学者。
2 ストア学派風の克己禁欲主義・厳粛主義を信奉する人。
[形動]克己的、禁欲的なさま。「―な生活」
--------------------------------------------------------------
意志の力で、自分の衝動・欲望・感情などをおさえることを、
ストイックと呼ぶようです。
その意味が転じて、「ひたむきに何かに打ち込むこと」を
そう称する傾向があるようですね。
ここ数ヵ月くらいのことですが、
「なんでそんなにストイックに仕事ができるの?」
と聞かれることが多くなりました。
そのたびに、自分のワークスタイルは周りから、
ストックに見えるのか、という驚きと、
なぜそう映るのかを考えていました。
自分のことを、ストイックだなんて思ったことはなかったですし、
自身がその定義に当てはまるのかと考えると、
なんとなく、それは違うなって思っていました。
そんなことを考えていたときのこと、
元サーカー日本代表監督の岡田さんの言葉が
偶然にも耳にはいってきて、自分が感じていた違和感の答えのヒントになりました。
-----------------------------------------------
自分は自分以上でも自分以下でもない
今の自分に出来ること以上はできない。
今の自分のすべてを出す以外、やれることはない。
-----------------------------------------------
「今の自分のすべてを出す」
「ああ、これだなー」という、腹落ち感がありました。
というのも、
いま僕が置かれている環境を喩えるならば、次のようなものだからです。
いつも突然、目の前に巨大な扉が現れて、
その扉は、全身全霊を傾けないと開かなくて、その扉を開かないと前には進めない。
やっとのことで扉を開けて、前に進んでいくと、また新しい扉が現れる。その繰り返し。
だから、前に進むと決めた以上、
「今の自分のすべてを出す以外、やれることはない」
ただそれだけ、超シンプル。
もちろん、僕が歩いている道は、
サッカーのトーナメントのような一本道ではないので、
もっと楽な道を探すことも出来るけれど、
そうすると自分が腐っていくのが分かっているし、
何より、昔から理想ばかり高くて、妥協が苦手だから、理想を追求してしまう。
理想を求めれば求めるだけ、目の前に現れる扉が大きくなっていって、
そのたびに、自分のすべてをぶつけているんだな。
あんまり器用なスタイルではなくて、残念だけれど、
現実に適応して、その中から取捨選択できるほど、大人でもないのだろう。
「ストイック」と称されることの違和感。
それは「ストイック」=「禁欲的」という概念が、そう感じさせていたようです。
むしろその逆で、理想が高い、ただの「欲張りちゃん」
それが「ストイック」と呼ばれたものの正体なんだな、きっと。
--------------------------------------------------------------
[名]
1 (Stoic)ストア学派の哲学者。
2 ストア学派風の克己禁欲主義・厳粛主義を信奉する人。
[形動]克己的、禁欲的なさま。「―な生活」
--------------------------------------------------------------
意志の力で、自分の衝動・欲望・感情などをおさえることを、
ストイックと呼ぶようです。
その意味が転じて、「ひたむきに何かに打ち込むこと」を
そう称する傾向があるようですね。
ここ数ヵ月くらいのことですが、
「なんでそんなにストイックに仕事ができるの?」
と聞かれることが多くなりました。
そのたびに、自分のワークスタイルは周りから、
ストックに見えるのか、という驚きと、
なぜそう映るのかを考えていました。
自分のことを、ストイックだなんて思ったことはなかったですし、
自身がその定義に当てはまるのかと考えると、
なんとなく、それは違うなって思っていました。
そんなことを考えていたときのこと、
元サーカー日本代表監督の岡田さんの言葉が
偶然にも耳にはいってきて、自分が感じていた違和感の答えのヒントになりました。
-----------------------------------------------
自分は自分以上でも自分以下でもない
今の自分に出来ること以上はできない。
今の自分のすべてを出す以外、やれることはない。
-----------------------------------------------
「今の自分のすべてを出す」
「ああ、これだなー」という、腹落ち感がありました。
というのも、
いま僕が置かれている環境を喩えるならば、次のようなものだからです。
いつも突然、目の前に巨大な扉が現れて、
その扉は、全身全霊を傾けないと開かなくて、その扉を開かないと前には進めない。
やっとのことで扉を開けて、前に進んでいくと、また新しい扉が現れる。その繰り返し。
だから、前に進むと決めた以上、
「今の自分のすべてを出す以外、やれることはない」
ただそれだけ、超シンプル。
もちろん、僕が歩いている道は、
サッカーのトーナメントのような一本道ではないので、
もっと楽な道を探すことも出来るけれど、
そうすると自分が腐っていくのが分かっているし、
何より、昔から理想ばかり高くて、妥協が苦手だから、理想を追求してしまう。
理想を求めれば求めるだけ、目の前に現れる扉が大きくなっていって、
そのたびに、自分のすべてをぶつけているんだな。
あんまり器用なスタイルではなくて、残念だけれど、
現実に適応して、その中から取捨選択できるほど、大人でもないのだろう。
「ストイック」と称されることの違和感。
それは「ストイック」=「禁欲的」という概念が、そう感じさせていたようです。
むしろその逆で、理想が高い、ただの「欲張りちゃん」
それが「ストイック」と呼ばれたものの正体なんだな、きっと。
EKIDEN GRAND PRIX
今日は、会社のチームメンバーと、
auとadidasが主催している「EKIDEN GRAND PRIX」に参加してきました。
このイベントは、1区10km、2区5km、3区3km、4区5kmの計23キロを、
4人で走る、駅伝大会。
普段、運動はまったくしないので、長期間走るという行為をしました。
木曜日に発熱したり、
時間がなくて、1度も練習出来なかったりと
万全の状態ではなかったけれど、何とか完走。
(といっても3キロだけど…)

少し風が強かったけれど、空は青く澄み渡り、
都内とは思えないほど、緑に囲まれたコース。

独りで走るマラソンと違って、
駅伝は、一体感が味わえたり、仲間と盛り上がれるからより面白い。
汗をかくのでさえ、久しぶりだったけれど、
たまには、身体を動かすのはいいなーと思いました。
auとadidasが主催している「EKIDEN GRAND PRIX」に参加してきました。
このイベントは、1区10km、2区5km、3区3km、4区5kmの計23キロを、
4人で走る、駅伝大会。
普段、運動はまったくしないので、長期間走るという行為をしました。
木曜日に発熱したり、
時間がなくて、1度も練習出来なかったりと
万全の状態ではなかったけれど、何とか完走。
(といっても3キロだけど…)

少し風が強かったけれど、空は青く澄み渡り、
都内とは思えないほど、緑に囲まれたコース。

独りで走るマラソンと違って、
駅伝は、一体感が味わえたり、仲間と盛り上がれるからより面白い。
汗をかくのでさえ、久しぶりだったけれど、
たまには、身体を動かすのはいいなーと思いました。