記憶じゃなくて感覚記録というか旅日記 | 独り言が多い珈琲焙煎士のダイヤリー

独り言が多い珈琲焙煎士のダイヤリー

流行りの珈琲に左右されない味を貫く珈琲焙煎士

僕はただひたすらに「おいしい」を届けたいだけ。
自分を磨き続け、澄んだ世界で創る最高の一杯を。

筋力が一気に衰えてしまうことで 

 

人はそこをかばい使わないように使わないようにする。

 

結果的に もっともっと使わないようになってしまう。 

 

それも慣性の法則のままに。

 

肩をちゃんと使って1日過ごすだけで 今日は筋肉痛が酷い。笑

 

 

ただ 使わねばこれが当たり前にならない。 

 

だから多少の いてぇ ぐらいの感覚ならば

 

自分の中の鬼という鬼達に 無視させるように言いつけておく。

 

 これは痛みではないと。

 

 

「動き続けているから、その後も継続して動き続けることができる」

 

「留まり続けようとすると、いつまでも留まり続けてしまうことになる。(動くことを嫌がる。)」

 

 

現状維持は穏やかな破滅。

 

 

その言葉の通りのことが起こっている地方の町村もきっと少なくはないだろうし。

 

 

そんな世であれ 多少なれど 「変化していっている」 それを感じる土地に出逢うと

 

どんな場所であっても 魅力が醸し出されていることを感じ取れるもので。ワクワクする。

 

 

だから 人が多い少ないとか 一過性の感情どうこうではなく

 

「気持ち良い」 がそのすべてを包括するのだ。

 

 

かつて 思い返せば 10回?20回? もっとだろうか?

 

山陽道を経て西の方へ、あるいは四国へと旅に出たり仕事で出張に出かけていたけど

 

道すがらということもあり わざわざ立ち寄るような事はしなかった街。 赤穂。

 

 

実は元々知り合いが何人か姫路~備前近辺には住んでいたり

 

最近にも中国地方(佐用の方面)へ引っ越したお客さんが居られたりして 

 

この辺りもきっと縁遠い土地ってわけではなかったのかもしれない。

 

 

最近お店にきてくれたひとに 遊びに行きたいですと言っていたこともあって

 

ちょっとリフレッシュも兼ねて 赤穂を案内してもらいに行った。 行きたいと思ったから。

 

 

 

それこそこの4~5年 自分が地方移住を本格的に考え出してからというもの

 

紀伊半島とか琵琶湖近辺をメインにはしていたけれど 色んな田舎に通い続けて

 

その土地のひとのくらし、移住者やUターン勢の在り方を沢山感じに出掛けている。

 

 

お店に遊びに来てくれたひとに また会いたいなと思えることだけでもワクワクするのに

 

自分と少なからず縁を感じる場所にお住まいなら ぜひ色々見ても回りたいということで

 

突然くると言い出した奈良のコーヒー豆屋(笑) の 無理を聞いてもらい帯同してもらった。

 

 

一期一会の面白さもこの商売をしていたらいっくらでも感じることはできるけど

 

最近はそういうのはもういいかなと思うようになってきた。

 

もっと 自分の本能とか 湧き出してくる感覚を信じてもいいじゃないかって。

 

 

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極端だけど 割とひとによっちゃ強く思うときがある。 あまりに自然に絡み始めれるから

 

「きっとこのひと、生まれる前とか、そのもっっと前に、どっかで会ってるんだろうな。」

 

この感じがわからないでもない、そう感じるなら、 「こっちがわ」 ですよあなたも笑。

 

 

でも本当に最近はお客さんでもSNSがきっかけであっても不思議と

 

自分の無意識下での嗅覚が鍛えられてきてるのかも?ってときがあって。

 

インスタでもTwitterでもなんか 自然に絡めるひとっているでしょ。

 

 

「この人なんか、何十年も前から知ってる気がする」 みたいなこと。

 

そういうひとは多分 いやほぼ間違いなく 会ってるんですよね。 どっかで。

 

だからネット上だろうとリアルだろうと スっと懐に入れたり、入ってきてくれたり。

 

不思議なもんで。

 

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ある本にも書いてるけど。 

 

「生まれる前に握手したひとと、生まれてから出会っている。」 

 

生まれる前に手を繋ぎ 「また会いましょう」 と約束しているから、出会うことができてる。

 

友達として?お客さんとして?家族・恋人として?親戚?隣の家のひと? カタチは様々。

 

 

そういう自分の根底で持ち続けている考えもあってか

 

ずっと前から自分に対しても、ひとに対しても言い続けていることがある。

 

 

「行きたい場所があるなら行け、会いたいひとにはすぐに会いに行け。」

 

 

「じゃないと その先 見えないよ。いつまでも。」  って。

 

「かかる時間がどうこうじゃなくて、はじめなきゃ、何もはじまんないよ。」 って。

 

 

僕は本当にひとを選ぶ。 直観で好き嫌いを判断するし 嫌悪するものはトコトン嫌う。笑

 

 

かわりに その逆の感情を持ったなら そういうひとはちゃんとふさわしい対応がしたい。

 

だから割と あっ行こう!と思ったらどこへでも行く。 (移動はクルマが多いけど。)

 

 

どんな出会い方も、事故のような出会い方でさえも笑、必ず意味はあると思う。

 

どうせSNSだしねー とか お客さんとお店の人 ってのはなんかしっくりこなくて。

 

これっきり!じゃあね! ってのは 寂しいじゃないですか。 なんかね。

 

 

自分大事にしてくれるひとのことぐらい、思いっきり大事にしてやれよっていう。

 

まあ 出会いとか繋がりのハナシに反れちゃいましたけど・・笑。

 

 

いやあ さすがは地元の人。 一番いい場所 が その日一番いい場所 だった。

 

 

たぶん、いろんな思い出もあるだろうし、連れてきたくて案内してくれてるのだろうし。

 

ここにこれて嬉しかった。 諸々を含めて やっぱりこの神社 すげーいいわーって思った。

 

もう、、この境内に座って眼下の海を眺めてるだけで9時~5時過ごせる自信ある。笑

 

 

また必ず来ようと思う。 いや、来る。 通う、ここは。

 

(今回はほかにもいろいろ行ったけど、とりあえずはここのことだけ紹介するよ)

 

 

僕はよく 心地よい神社 と 気味が悪くなる神社 を区別するきらいがある。

 

実際に体調が悪くなったり 居ても立っても居られず逃げ帰ることもあるぐらいだ。

 

 

案内してもらったのは 大避神社。 坂越という地区にあり 歴史も古いらしい。

 

境内から参道、そして海に続く石畳の道。 その先には海があり 

 

その海を隔てて 生島が大きなひょっこりひょうたん島のように浮かぶ。

 

少し街道沿いには商店や最近できたカフェ等が並んでいた。

 

 

「あー、ここ、良いー。」 口から何度出てきたんだろうか。

 

来る途中で東横インを見かけたのを思い出して、

 

うわー前日の夜からきて 参道から続く夜の海を

 

ポツポツ散歩したかった。 それをかなり後悔している。笑

 

 

瀬戸内は基本的に目の前は海だけど、穏やかで、島々に囲まれていて

 

すごく一見閉鎖的な環境というか よそ者を寄せ付けない感じがする のに、だ。

 

この少しだけ開けた海の波音とか潮風が それを穏やかにさせてくれる感じ。

 

 

自分ちの前にも1000年から歴史ある神社があるのだけれど

 

どことなく 帰り際にも思ったが 「なんか、似てるなぁ・・。」 って。

 

 

様々な地域で感じるその 保守・排他 な諸々と、それをどうにかしようとする力のバランス。

 

赤穂って自分の住んでる街よりも遥かに調和がとれているなーと思うことが多い1日で。

 

 

なんだろうか 無理 してないなって。そのまんまが見守る、成長していく街、みたいな。

 

見え方によれば寂しい感じもするけど、ちゃんと前は向けているというか。

 

 

人通りが多いとか 店が沢山あるとか そういう尺度を超えたところで

 

「なにもない」 ように感じる中に 「なんでもある」 がちゃんと共存してる。

 

古い町並みもあるし 新しい町もある。 海も、川も、山も。

 

心地よいと感じたのは ただ単に目に見えているものだけではないと思う。 

 

このあらゆるものを纏う空気が そう感じさせたのだろう。

 

 

いいとこ住んでるなぁ。。 こんな所に俺も実家があったらなぁ。。

 

ひとりでブツブツ言い続けてる自分はさぞかし滑稽だったと思う。。。汗

 

 

神社にとにかく行きたいということだけは先に伝えてあったんだけれど

 

それはやっぱり その土地の氏神様ってとっても大事にすべきものであって

 

その氏神様を見ることで感じる街 が必ずあるから。

 

 

信仰がどうこうってハナシ以上に ちゃんとその土地を護ってくれていて

 

いつでも存在し続けていること自体に ひとは敬意をもつべきではないだろうか。

 

その土地のことを一番見てきたものだろうから。 だから余計に思う。

 

 

その境内・参道から見える風景が その町の縮図なんじゃないかなって。

 

むし暑い日、汗ダラダラだったけど ついスキップしたくなるような感覚。

 

熊野の花の窟屋神社でもよくそういう感覚になるんだけれど

 

やっぱり 「自分に合ってる神社」 はなるべく通いたくなるもので。

 

 

 

この後もうひとつ神社に行ったけど 確かにすごく良い神社だったけど

 

たぶん 求めている神社の中で言えば、外角低め。どストライクではなくて。

 

大避神社がどう転んでも 「こっちだな感」 「きもちぃぃ」 が強かった。

 

神社に来て 「嬉しい!」 なんて、あんまり無いでしょ。笑

 

 

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瀬戸内の海は 程よく穏やかで とにかく 優しい感覚を受ける。

 

太平洋の広大さも もちろんキライではない。 むしろ好きだし

 

日本海の荒々しいワイルドな海だってそれはそれでいい。

 

どこが一番ってわけでもないけれど 瀬戸内は少し独特だと思う。

 

それは とっても良い意味で。

 

 

もっともっと これからここにも通いたいなーと思ったし

 

今まで通い続けている様々な地域にもこれからもまだまだ通い続ける。

 

 

自分にとって将来を埋めるための余白はまだ沢山あるけど

 

煮詰めていくことでもっと何かの、誰かの、何処かしらの魅力が

 

より深堀りされていくことだって沢山あると思うから。

 

 

この神社の門をくぐって、それをフレームに写真を撮る。

 

豪華で とっても贅沢で 素敵な1日だった。

 

こんな日常が 自分の仕事とか くらしに溶け込んでたら

 

きっと毎日ニヤニヤしてしまっているかもしれない。笑

 

 

今までもいくつかこういう感覚になれる場所は在るけれど

 

やっぱりどこもかも、色が全然違いすぎて、別の世界に感じる。

 

比較しようがない。 全部行きたい。 全部住みたい。みたいな。。笑

 

 

そんな体験から、、何が自分の将来を決定づける決め手になるんだろうか。

 

ひとなのか、モノなのか、家とか環境とかなのか、それ以外のなにかか。

 

 

タイミングはきっとそのうちやってくると思う。 内部からか 外部からか。

 

とりあえず 移住候補地 ひとつ追加! ということで!

 

 

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どうも土用の期間も終わったからか 心が昨日・今朝ぐらいからかなり軽い。 

 

体調も良くなってきた。 歩いていい汗かいたからかもな~

 

 

たかが15分ぐらいで4000文字程度出てくるんだから

 

きっと自分に大きな爪痕は残ったんだろうと思う。

 

間違いなく何十年も、忘れない1日になった。沢山ありがとう。

 

ひとからいろんなもん 頂いてばっかりな気がするなぁ。嬉しいが過ぎる。

 

 

さて そろそろ今日も店は閉めたし 帰ることにする。

 

海辺で夕陽にいたく感動したので。 続きをまた書くかも。 書かないかも。

 

一番大事なもんは、心に仕舞っといた方が、何年も後にいいハナシになるのかも。

 

 

どう切り取っても、いいところ。 また必ず。 これからも。