「夜学生」 | 喫茶店の書斎から

喫茶店の書斎から

コーヒーカップの耳

時間が有る時、夜、家内とウォーキングする。
大抵9時過ぎに家を出て小一時間歩く。
歩数にして、私は4300歩ぐらい。彼女は4600歩程。
毎日一定のルートを歩く。
途中、定時制高校の前を歩く。
帰りがけの生徒たちが自転車置き場で喋っていたりする。
あるいはそばのコンビニの前で笑い声を上げていたり。
最近できたショットバーのような店(ガラス窓から店内がよく見える)に入っていたり。
定時制だから20歳を過ぎた生徒もいるのだろう。
そして昨夜はグランドに照明が灯っていた。野球の練習をしているのである。
パコ~~ン、パコ~~ンとボールを打つ音が校庭にこだましていた。
定時制高校も昔とは随分趣が変わったものである。
わたしは中学を卒業したあと、高校は一ヶ月で中退した。その時父が「定時制に行くか?」と尋ねたことがある。
しかし、わたしは行かなかった。かわりに読書をした。その当時の読書が今役に立っているかどうかは分からない。
今のような定時制だったら行っただろうか?
そこで杉山平一先生の若き日の詩。


夜学生


夜陰ふかい校舎にひびく
師の居ない教室のさんざめき
ああ 元気な夜学の少年たちよ
昼間の働きにどんなにか疲れたらうに
ひたすらに勉学にすすむ
その夜更のラツシユアワーのなんと力強いことだ
きみ達より何倍も楽な仕事をしてゐながら
夜になると酒をくらつて ほつつき歩く
この僕のごときものを嘲笑(わら)へ
小さな肩を並べて帰る夜道はこんなに暗いのに
その声音のなんと明るいことだろう
ああ 僕は信ずる
きみ達の希望こそかなへらるべきだ
覚えたばかりの英語読本(リイダア)を
声たからかに暗誦せよ
スプリング ハズ カム
ウインタア イズ オオバア


   ―『夜学生』1943刊 より
      平一、29歳の頃


1943年刊ということは昭和18年。わたしの生まれた年である。