「ハーレー」 | 喫茶店の書斎から

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コーヒーカップの耳

『完本・コーヒーカップの耳』より抜粋。

 

「ハーレー」。

 

なにゆうてるのん。

あの人 外面ばっかり良うて うちでは ちょっと気に入らんことあったら テーブルひっくり返すわ お茶碗投げるわ そらひどかったんやから。

家の中におられへんから逃げ出すんやけど そんな時はうち いっつも自分の実家に帰らずに 主人の実家に逃げ込んでやった。

あの人 それが一番困らはるねん。

うちはゲームみたいなもんやと思てるけど 子どもらにはちょっとね。

家ン中戦場やから 勉強どころやないもんね。

まともに育つわけあらへん。

次々とみーんな警察のお世話になるような子になってしもて。

娘は中学の時に産婦人科のお世話になるし そら波乱万丈やったんよ。

娘?

その時の子ども育ててるよ。

同級生がカンパしてくれてね 産みやってん。

うちの子らはね みんな札付きのツヨイ子に育ったよ。

そらそうやん あの人自身が少年院上がりやったんやもん。

あんまりワルいから 親に北海道の自衛隊に放り込まれたんやがな。

そこでちょっと性根入れてもろて仕事するようになった人や。

 

結婚してすぐに なんでこんな人と一緒になったんやろ しもたことしたなと思た。

そやけど 不思議なことに 子どもはすぐにでけて しかも朝顔の花咲くみたいに ツルツルと四人も。

あのころ給料安いし あの人 あともう要らんゆうて 何年も作らんかったんやけど ひょこっと五人目の子がお腹にでけた時に うち あの人に隠しとってん。

ゆうたら堕ろせ言われるから ぎりぎりまで隠しとってん。

とうとうバレた時 ごっつい怒らはったけど うち 生んだってん。

だって子どもは何人生んでもみなかわいいもん。

だけどあの人は 欲しなかったその子をえらい嫌うて いっつもきつう当たってはった。

うち 「ちょっと逃げとき」ゆうて 小遣い持たせて逃がしたりしよったんよ。

ええ子になるわけないやんなあ。

ところがこのごろになって ほかの子はみんな家出て行ったし 自分が歳行って来て その子が可愛いてしゃあないねん。

えらい歳離れてるから 孫みたいに可愛がってからに。

病気になって なんべんも手術して とうとう自慢のハーレー乗れんようになってしもて その子にやりやってん。

それまで手も触れさせへんかったのにね。

 

今 看病で大変やけど うち 思てるねん。

済んでみたら みーんな楽しかったな て。

人生みな スリル満点のゲームみたいなもんやから 楽しまな損やん な。 (柳原さんの話)