「ハッピーバレンタイン。」
卒業生のあさこちゃんが、笑いながら透明なかわいい袋を差し出した。
中に入っていたのは、美味しそうなクッキーである。
「え~、私にも?」
「はい。・・・どうぞ。」
・・・・・・
彼女は、袋を手渡しながら、ちょっといたずらっぽく肩をすくめた。
この日は、たまたま用事で学校の近くに来るから、バレンタインデーのお菓子を先生方に届けようと
思って寄ったのだ、と、あさこちゃんは言う。
4人の職員の内、男性は学科長の藤本先生だけだ。
彼女は、藤本先生にチョコレートを渡し、そして、私たち女性職員にまで気を遣ってくれたのだった。
「いや~、ありがとう。うれしいわぁ。私にまで、ごめんね。」
「いいえ。どうぞ。少しですけど。他の先生の所にも置いときますね~。」
・・・・・・
そういいながら、彼女は、席をはずしていた田中先生と森先生の机の上に、小さな袋を置いた。
20代後半のあさこちゃんは、もう、お母さんである。
在学中から付き合っていた専門学校の同級生と、卒業後結婚し、愛らしい男の子を儲けた。
就職先でも頑張って高い評価を得、そして福祉士の国家試験も難なくクリアしたしっかり者の彼女・・・。
ご主人を支え、小さな子どもさんを育てながら、しょうがい者施設の職員としての仕事もこなしているのだ。
相当に忙しい毎日を送っているであろうに、周りの人への気配りは、学生時代からちっとも変ってはいない。
折につけては、学校に顔を見せに来てくれ、変わらない笑顔を見せてくれている。
バレンタインデーだからと訪ねてくれるのも、彼女らしい。
さて、それにしても、バレンタインデーもずい分と様変わりしたものだ。
好きな男性に女性がチョコレートを贈るというこの日。
まるでチョコレート会社の陰謀のようなイベントデーだな、と思うこともあったが、私も、それなりに
主人や父や息子にチョコレートを渡し続けてきた。
遠い昔の学生時代、周りの女の子たちが、いそいそとチョコレートを手作りしていたことを思い出す。
こうしてみると、ずいぶん前からこのバレンタインデーは、私たちの社会に定着し、皆がそれを楽しんで
いたのだな・・・。
ところが、最近、この「好きな男性に女性がチョコレートを贈る」ということが、変化してきているらしい。
今までも、「好きな」ではなく「お世話になっている」「親しくしている」「近くにいる(!)」男性に
『義理チョコ』をあげることは、あった。
だが、近頃は、「好きな」「お世話なっている」「親しくしている」「近くにいる(!)」『男性』だけ
ではなく『女性』にもあげる・・・のも、普通のようだ。
加えて、「頑張っている」「一所懸命な」『私』に、ご褒美としてのチョコレートをあげる(買う)人も
多くなったのだという。
(まあ、美味しいチョコレートだったら、自分にも欲しいけれどね・・・。)
好き嫌い・男女・自他、チョコレート・クッキー・アメ、気持ち・モノ、型にはまらずイベントを楽しむ。
バレンタインデーは、「ちょっと嬉しい気分」を味わう一つの方便となっているような気がする。
そういえば、先週は、西本くんが女の子たちにチョコレートを配っていたし、女の子の川崎さんは、
手作りのケーキやクッキーを沢山作って、皆にあげていた。
そのどちらも、私はちゃっかりと、もらっちゃったんだっけ。
「せんせ、どうぞ。」
「わ~、ありがと~。いいの?」
「もちろんですよ~。」
「うれし。」
・・・・・・
私は、何の遠慮もなく、それらを有り難くいただいた。
西本くんのチョコレートは少々ビターで美味、川崎さんの手作りお菓子は、まるでケーキ屋さんが
作ったみたいな完成度だった。
バレンタインデーも、「愛の告白」なんて重たさのない楽しみ方があるのね。
(追記)
例年同様、今年も主人にチョコレートをあげました。
「うん。僕一個でいい。後、きみ、食べていいよ~。」
「あら、ありがと~。」
・・・・・・
と、また、いつものように、チョコレートは私がいただいたのでした。
って、これ、自分へのご褒美チョコということなのでしょうか・・・???