群れなくても平気 | くにこ先生のコーヒーブレイク

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通りすがりのあなたに、心に残るお話をひとつ

 群れるのは好きではない。
 何かしようとする時、もちろん協力するし気も使うが、皆と同じでなければならないという考えはなるべく
 持たないようにしている。

 中学・高校・大学1年と、とにかく優柔不断な性格で過ごした。
 何事に対しても、どうにも自分からはっきり決めることができない。
 どうでもいいようなことを決める時は、尚更これがひどくなる。


 「ね、何食べる?」
 メニューを広げて、美里ちゃんが尋ねる。
 あと、優子ちゃんとみどりちゃんと4人で食事に来たのだ。長い時間、皆それぞれにメニューに見入って、
 会話が続かない。

 「・・・・・」

 5分ほど迷った挙句、優子ちゃんが口火を切る。

 「うーん、迷うよね。私、パスタにしようかなぁ。」
 「・・・・・」

 3分経過。

 「そうだねぇ。・・・パスタもいいけどぉ、昨日食べたし、アタシ、グラタンでもいいな。
  ○○ちゃん、どうする?」とみどりちゃん。
 「うん、パスタもグラタンもいいね。どっちでもいいけど・・・。」と私、ね。
 「・・・・・」

 またまた3分経過。

 「あー、私ミートソースにする。」と美里ちゃん。
 「じゃ、私もミートソース。」と優子ちゃんが続ける。
 「えー、どーしよー。ミートソースねぇ・・・。○○ちゃん、どお?」

 みどりちゃんは、グラタン食べたいのかな。

 「んー、グラタンでもいいよね。」混乱させる私。
 「グラタン、美味しそうでしょ。・・・やっぱ、グラタンにしようかなぁ。○○ちゃんは?」
 「うん、どっちでもいい。」
 「でも、みんなミートソースでしょ?・・・美味しいよね。ミートソースでいいか。」
 「ミートソースにする?」
 「そ、しよか。」
 「じゃ、皆ミートソースだね。」
 「あはは、やっと決まった。」
 「お腹すいたねぇ。」

 こんな調子だ。

 たかだかメニューを決めるだけで、何と10分以上もかかってしまう。
 そして、私はというと、好き嫌いなんて殆どないから、何を食べても良かったのに、ただの優柔不断で
 決められないだけだったのだ。
 結局のところ、皆同じメニューで落ち着くなんて・・・。
 横並びが一番安心なのか。

 「何でもいい」「どっちでもいい」は皆の足を引っ張って迷惑になるなぁ、と反省はするものの、この自分を
 変えることは結構難しいことだった。

 お弁当を食べるのも、トイレに行くのも、誰かと一緒。
 同じ時間に同じ行動をすると面倒でないことは確かだったが、本当にこれでいいのか・・・。
 あまりこんなことが続いたので、さすがに私も「変えてみよう」と思い始めた。
 大学2年に進級が決まったのをきっかけに、私は優柔不断から決別することに決めた。

 「何食べる?」
 「えっとね、私、グラタンにするね。」
 
 例え皆がミートソースでも、気にならないというか、気にしないことに決めたのである。
 (今思うと、どうでもよいことこの上ないが・・・)
 決めてしまえば、結構楽である。
 メニューなんて、皆と同じにしなくちゃ、なんてことないもの。
 お弁当も、トイレも、一緒になんて、どう考えてもおかしいではないか。


 先日、お夕飯の時、この話で盛り上がってしまった。

 「だいたい変なんじゃ? うちの会社でも女の子たちっていうか、もういい年なのにさ、昼休みは弁当一緒に
  食べてるもんね。・・・おかしいでしょ。なんで群れるかね。もしあれが男だったら、もっと変かも。
  『一緒に食べる?』とか言ってさ、どっかで一緒に食べてたりしたら『ゲッ』と思うよね。」と主人が言う。
 「あはは、へーん。」
 「あははは。」
 「私なんて、全然・・・どうもない。一人でお弁当食べるの。」と私。

 娘たちも、笑いながら続けた。上の娘が言う。

 「前勤めてたところでさ、アタシ、どうもないから、一人でお昼食べること結構あったんよね。
  でさ、60くらいのおばさんが同じところに勤めてたんだけどね、たまたまお昼一緒にって誘われたから、
  『じゃ、ご一緒します。』って言ったんよ。そしたら、そのおばさんから何て言われたと思う?・・・
  『よかった。今まで○○さんに嫌われてるのか、と思ってた。』って、さ。ほんと、なにそれ?って感じでしょ。
  全く、そんなこと思いもしないのに・・・。びっくりしたよ。」
 「一緒じゃないと、不安だったんじゃないの? そのおばさん。」
 「そうかもしれんけど、だいたいおかしくない?」
 「あはは、おかしい。それ。」
 「私もあった、前の会社で。群れっていやじゃん。で、お弁当、一人で食べてたんよね。どうもないし。
  そしたらさ、何か上司がえらく心配しちゃったみたいで、他の女の子たちに『○○さんが一人でお弁当
  食べてて、寂しそうだから、声かけてやって。』って言ったらしいんよね。もー、そんなん思ってないって。
  ・・・一人で食べるの全く平気なのに、周りからは寂しいと思われるんかね。」と下の娘。
 「あはは、しょうがないね。そう思う人がいるってことでしょ。」
 「いやー。お弁当くらい一人でいいでしょ。」
 ・・・・・
 
 まあ、子どもたちもいろいろと経験しているらしい。
 若いころの私だったら、『一緒に食べたらいいのに。』・・・なんて言っていたのだろうか?
 群れるのが厭で、自分一人で考えて行動するようになった。
 お弁当を一人で食べるのなんて当たり前でしょ、気にならないよ、という姿勢は、そのまま、子どもにも
 伝わったのかもしれない。

 もちろん、人に気を遣わなくてはいけないときは、ちゃんとするし、ニコニコして人当たりもそう悪くない
 私たちなのだと自負している。
 同じものを選択しなくても、お弁当を一人で食べても、一人でトイレに行っても、全く平気なだけである。

 「皆と同じことをしなくちゃ」という呪縛から逃れると、結構、楽に生きられるんじゃないかな。