ちょうど7日前のことだった。
学校の後援会総会があるというので、会場作りに出かけた。
セッティングはほんの数十分で終わり、ほっと一息ついた時だ。
同僚のスポーツの得意な田中先生から、唐突に声をかけられた。
「先生、腕ずもうしません?」
「え?腕ずもう、ですか?」
「やりましょ。」
「うん、やりましょか。」
かっこいい女性の先生のさばさばしたお誘いに、私はつい乗ってしまった。
結構面白いかも。
ちょうど置いてあった長机の両側にパイプ椅子を持ってきて、二人で向き合った。
思いがけない展開に、ギャラリーの先生たちが、何人か集まってくる。
「先生たち、腕ずもうですか。」
「頑張って。」
「あはは。」
変な成り行きになってしまった。
田中先生が腕まくりをしながら笑っている。
「せんせ、私、腕ずもうで、今まで勝ったことしかないんですよ。」
「えー、そうなんですか?私ね、勝ったことないけど、負けたこと、無いんですよ。」
と答える。
いや、本当は主人に負けたことがあるけど、あの体重に負けたんだから、負けたことにならないよね、
・・・と勝手に自分自身の解釈を加える。
「よーい、どん。」
まるで、子どもだ。
田中先生は、確かに強い。
あっという間に、私の右手は倒されて、あと数センチのところでやっと止まった。
私は、腕(だけ)は細くひ弱だが、この「あと数センチ」の所からは結構強い。
手首から角度をつけたこの手は、相当な力で押されても、持ちこたえ、机の面につかないのである。
「わ、せんせ、強い強い。」
「・・・・・。」
「いや、せんせ、動きませんね。」
「でしょ。ほら、勝ったことないけど、負けたことないって。」
「うーん。」
「うーん。」
結構長い間、膠着状態だったのだけれど、とうとう田中先生が折れてくれた。
結局、勝敗はつかず、私は負けなかった。
(もちろん、勝たなかった。)
判定だったら、圧倒的に田中先生の勝ちである。
ギャラリーの先生たちも、笑いながら成り行きを見ていた。
「いやー、面白いねぇ。」
「田中先生、強い。」
「○○先生も、我慢強いよね。」
「あはは、有難うございます。」
腕ずもう試合は、ほんの数分で終わってしまった。
久しぶりに子どもに返った気分まで味わえたひとときは、楽しかった。
そして、この試合のことはこれっきりすっかり忘れていた。
2日後、仕事をしていたら右手に鈍痛が走った。
ついにパソコンの使い過ぎで腱鞘炎になっちゃったかな。
手首を押さえながら考えた。
パソコンのキーを打つたびに右手首に違和感がある。
あーあ。
パソコン打てなかったら、仕事になんないしなぁ。
どうしよう。
この痛みは、その次の日もその次の日も続いた。
理由もわからず、「やっぱり、仕事のし過ぎだよねぇ。」と家に帰っても、つぶやく。
ところが、手首を裏返して痛むところを押さえていた時に、急にあの場面を、思い出したのである。
「あっ、あの腕ずもう!!」
試合から数日も経っていたので、結びつかなかったのである。
絶対に歳をとったせいだ。
いや、運動から何十年も遠ざかっていたせいだ。
若くて元気のいい時は、本当に痛みはすぐにやってくる。
だが、だんだん痛みを感じるのに「時間」がかかるようになるのである。
理由が分かると、手首の痛みを妙に納得は出来たが、なんとも情けなくなってしまった。
しかし、これで終わりではなかったのである。
手首が痛くなってから3日後(腕ずもうをしてから5日後)、今度は肩が痛くなった。
ありゃ、今度は肩ですよ。
右手がうまく上がらないのである。
右手を振り回したり、揉んだりしながら何とかその日を過ごした。
そして次の日の朝、右手の痛みはほとんど治まったが、今度は全身、特に背中が痛くてたまらない。
息をするのも痛い。
なんということだ。
「いたいよぉ。」
「かあさん、どうしたん。」
「腕ずもうで、やられた。」
「はぁ?」
主人からは「バカじゃないの。」と言われる始末。
そして7日目、やっとこの痛みから、私は、解放されたのである。
若いのは、気持ちだけかも。
年寄りの冷や水、って、このことね。