阿蘇に行く① | くにこ先生のコーヒーブレイク

くにこ先生のコーヒーブレイク

通りすがりのあなたに、心に残るお話をひとつ

 思い立ったように、娘と息子と連れだって阿蘇に出かけた。
 つい先日、テレビで阿蘇に「だご汁街道」ができた、との情報を得たからである。
 最近ではあまり食べたことのなかった熊本の郷土料理である。
 懐かしく、「食べたいねぇ」と、一気に盛り上がってしまった。
 休日で車が混むのは嫌だという主人はお留守番。

 途中2・3分咲きの桜並木を通り過ぎ、気持ちよく大きく広がった空を眺めながら走ると、あっという間に
 外輪山の切れ目・立野(たての)に着いた。
 平らに広がる田んぼや畑の景色から、いきなり両側高く山林の緑がそびえ立つ。
 阿蘇の外輪山は、広大に広がり平地とは別世界を作り上げていた。
 外輪山の中に入ると遠く連なる山々が阿蘇の五輪を取り囲んでいる。

 山肌は薄茶色の枯れた草で覆われ、寒々しい色合いである。
 ところどころに薄い薄いピンク色の桜の木が見えるだけだ。
 ちょうど目の前には、もくもくと白い煙を上げる中岳が見えている。

 少々の渋滞はあったものの、車はほぼスムーズに進み、ほんの小一時間で目的のお店までたどり着た。
 地元阿蘇に住んでいらっしゃる方のお勧めのお店だったが、なかなかの人気で30台ほどの駐車場は満杯で
 ある。
 駐車場に車を止めて外に出ると、周りを取り囲むように連なる薄茶色の外輪山のところどころが黒く変色
 していた。
 よく見ると、変色した境目は白い煙と炎が見える。

 「わ、野焼きだ。」
 「すごいね。」
 ・・・・・

 春先の草が生える前の枯草を焼いているのである。
 ちりちりと勢いよく燃える火を眺めながら、駐車場にいた人たちが山を指さしながら話をしている。
 透き通った青い空に淋しい色合いの山々。
 春の風物詩とは言いながら、実際に始めてみるこの風景に私も目を奪われてしまった。


 火を眺めながら店の前に行くと、なんと20名を超すお客さんが立って列を作って待っている。
 入口から人がはみ出すほどの盛況ぶりだ。
 田舎風の「食堂」といった感じのお店なのだけれど、人気店というのは街中でも田舎でも同じ状況になるようだ。

 待つだけの時間があったら、相当遠くまで行けただろう。
 それでも、だご汁を食べてみたかったのである。

 やっとのことで座った席からは、丁寧に作られた庭の池とくるくる回る小さな水車が目に入った。
 大きなお座敷のようなところに並べられた幾つもの座卓では、小さな子どもからお年寄りまで、様々な人たちが
 賑やかに食事を楽しんでいる。
 そのほとんどの席に、だご汁が運ばれている。
 頼んだ「だご汁とたかな飯の定食」は、エプロンに三角巾をつけたおばちゃんが忙しそうに運んできてくれた。

 だご汁の「だご」は「だんご」のことである。
 小麦粉を練って平たく分厚い麺状にのばし一口大に切って作る。
 ゴボウや人参や里芋など、お野菜を山のように入れて、味噌かしょうゆ味仕立ての汁の中に、この「だご」を
 入れて煮込む料理である。
 地元でとれた新鮮な野菜と素朴なだごが盛りだくさんに入ったこのお店の「だご汁」は、味噌仕立ての素朴な
 味がした。


 多分、このだご汁はお店ごとに味が違うのだろう。
 以前、我が家でもだご汁を作ったこともあるが、その時はしょうゆ仕立てだった。
 だしを利かせた汁に、サツマイモや人参、里芋、しいたけ、玉ねぎ、ありあわせのお野菜を入れて、鶏肉と
 団子を入れて作った。
 お野菜の様々な味が重なって、なかなか食べ応えのあるお料理だった。
 子どもたちには、おだんごがお腹に重たかったようで、そうそう沢山は食べられなかったようだけれど・・・。
 味噌味のだご汁は、また一風変わった味があり、娘や息子も子どもの頃のように残すこともなかった。


 日頃食べないくらいの量の山盛りのたかな飯と、だご汁で、お腹は一杯である。

 「うーん、お腹いっぱい。」
 「田舎の味だったよね。」
 「それなりに、美味しかった。」
 「うん。」
 「今度、おうちで作ってみようか。」
 「いいねぇ。」

 外に広がる風景と味がひどくマッチしていて、地産地消の良さを改めて考えさせられる食事だった。
 お腹がいっぱいだと、思考までゆっくりとなるようだ。

 「そろそろ、出よっかぁ。」
 「そーだねぇ。」

 ぼちぼちと外に出ると、1時間近くが経っていた。


 店の外に出て山を見て、驚いた。
 なんとさっきまで薄茶色に広がっていた山肌が、真っ黒なのである。
 色の境目にはぼうぼうと燃え盛る炎。
 白い煙は空を覆うように広がっている。

 野焼きは、ニュースで見聞きしていたものの、実際に間近で見ると、全く迫力が違う。
 たったの1時間で、この燃えようである。
 広大な枯野はあっという間に焼きつくされてしまっていた。

 同じ店から出てきたお客さんも、茫然と立ち尽くしている。

 「これは、すごいなぁ。」
 「すごい、すごい。」

 すごい、という声しか聞こえてこない。
 本当にすごいのである。
 こんなの、めったにないよね、ということで、迫力のある炎の勢いに驚きながら記念の写真を撮ることになった。


 地元熊本に50年以上も居りながら、この野焼きを見たことがなかったことも、また、自分にとっては驚きで
 あった。

 雄大な阿蘇の山々は、この野焼きの後、新緑の季節を迎えるのである。
 青々と広がる草原は、どんなにか美しいことだろう。

 お腹いっぱいの満ち足りた気持ちで、遠く広がる野焼きの山を眺める。
 ちょっと贅沢な時間だった。