ぽつ、ぽつ・・・と、絶え間なく木の葉を揺らすかすかな音がする。
生い茂った森の木の葉がさわさわと小刻みに揺れている。
「雨かな?」
「ううん、ちがうよ。木の実が落ちてる音。」
一緒にいた息子が、木を見上げながら答えた。
「ほら。」
差し出された手のひらには、小さな丸い実が乗せられていた。
黒くてつやつやで僅かに縦縞の入った直径1センチにも満たない球である。
「あれ、それ、椎の実だよ。」と私。
横で家の守り神を祭った小さな祠の掃除をしていた母が振り返った。
「まぁ、なつかしいねぇ。
おばあちゃん、前はここでいっぱい椎の実拾い、しよったんよ。」
「ほんとぉ。これ、椎の実かぁ・・・。いっぱい落ちとるよ。」
息子は、ふかふかに積もった枯れ葉の上に落ちてくる小さな木の実を次々に見つけては拾っている。
「すごいよね。椎の実の落ちる音がするなんて。」
「静かだもんねぇ。」
母が腰を伸ばしながら空を見上げる。
木が生い茂っているので、木の葉の間からほんの少し見えるだけである。
年の瀬を迎え、母と息子と私の3人で、母の実家のあった場所にお墓参りも兼ねて出かけた。
母の実家は街に隣接する山の麓にある。
街中からほんの少ししか距離が離れていないのに、この土地には人里離れた山の中の雰囲気が漂っている。
母はこの家の一人娘だった。
母が私の父と結婚したので、母の家は後を継ぐものがなく、屋敷も戦争後に無くなってしまった。
そのため、今では山林だけが残り、昔の家の様子は母から聞くしかない。
ご近所の農家の方が日ごろの管理をしてくださっているお陰で、家屋敷があった場所は平らな土地が
残っている。
だが、裏の山に残る山林は、木の生い茂る森の様相を呈していた。
その森の一段高い所にこの家や土地を守るお狐さんの祠があるのである。
庭木で植えられていたという杉の木立を抜けると竹林の斜面が続く。
足元には、落ち葉がいっぱいに積もっている。
その中を、不安定でとぎれとぎれだが、斜面の上にある祠の所まで、かろうじて道が通っていた。
斜面の上の方には、数本の椎の木が並んでいて、葉を茂らせている。
葉の間から、こぼれおちるように陽の光が射しているのだ。
ぽつ、ぽつ、・・・という音は、この葉の間から聞こえてくる。
神様にお供えをして祝詞をあげた後、私たちはほんの数分だが、椎の実拾いをした。
しゃがんで、乾いた枯葉を手でかさかさと触ってみると、あちらこちらに小さな黒い実が落ちている。
「いっぱいある。」
ひとつ、ひとつ、と息子は椎の実を拾っている。
「ね、さとし、この実、食べたことある?」
「ない。」
「これ、炒って食べるんよ。・・・ね、お母さん。」
「そうそう。昔は、よう炒って食べよったね。あなた、覚えてるんね。」
「覚えてるよ。お母さんが、鍋で炒って・・・。美味しかったね。」
「懐かしいねぇ。」
「それにしても、雨が降るみたいに、椎の実が落ちるってすごいよね。」
「これが芽を出して増えていくんよ。」
「え、だったら拾わない方がいいかな。」
「いやいや、ちゃんと拾った方がいいよ。そんなに増えても困るし・・・。」
少しの間に手のひらいっぱいの椎の実が集まった。
私は、その実をコートのポケットに詰め込んだ。
家に帰って、拾ってきた椎の実をフライパンで炒ってみた。
いくつかの実が弾けて外側の殻が割れていく。
白い実が顔を出す。
「母さん、なに炒ってたの?」
下の娘が尋ねた。
「椎の実。・・・ほら、食べてみてごらん。」
「あたし、小さい頃食べたことある。」
と帰省していた上の娘が椎の実の殻をむいて口に入れた。
「うん。やっぱり、不味いね。」
「えっ、そう? 美味しくない?」
「・・・なんか、薄い栗の味がする。」
初めて椎の実を食べたという息子が言った。
薄い栗の味ねぇ・・・、そう言われれば、そんな味かな。
子どもたちは、皆一粒だけ口に入れただけだった。
「こんなに美味しいのに・・・。」
結局、残りの椎の実はみな私が食べてしまった。
懐かしい、優しい味だった。
後でやってきた主人は、
「ぼくなんか、野性児だったから、小さい頃は生で食べてたけどなぁ。」
と言った。
栗の実は大好きな子どもたちだけれど、椎の実はそれほど魅力的ではなかったようだ。
確かに、地味な味ではあるんだけどね。
もう少し歳がいったら、子どもたちにとっても結構懐かしい味として残るのかもしれない、と思う。
大晦日の今日は、とてもとても寒い。
こんな寒さの中でも、新しい生命を育てる自然の営みは、粛々と続いているのである。
来る年も、よい年でありますよう。