テレビ | くにこ先生のコーヒーブレイク

くにこ先生のコーヒーブレイク

通りすがりのあなたに、心に残るお話をひとつ

 画面の右上に「アナログ」の文字。
 見慣れた画面に執拗に印字されているこの4文字のカタカナは、大変に目障りである。
 地デジに移行するためだ、と盛んに宣伝しているけれど、なぜそうしなければいけないか、という説明も
 イマイチでよく解らない。
 どうあっても、デジタル放送にするからテレビを買い替えよ、ということなのだろう。

 それほどたくさんのチャンネルを利用するでもなく、ただ流れてくる情報を受け流しながら付き合っている
 私としては、デジタル放送になって活用できるという様々な機能は、はっきり言って「どうでもよい」
 ことである。
 双方向というが、そんなにテレビに期待しているわけでもないし、今のままで十分といえば十分だからである。


 私の家にテレビがやってきたのは、昭和30年代中葉だった。
 地元であった国体を見るのをきっかけに父母がやっとのことで購入したものである。
 当時のテレビは小さくて画面のふちが丸く縁取られていた。
 4本足のついた新しい時代の象徴みたいな形は、子どもであった私の気持ちを大いに刺激した。
 
 日本が高度経済成長期に踏み出しはじめ、まだまだ暮らしは貧しかった頃である。
 冷蔵庫、洗濯機、テレビが三種の神器だとしてもてはやされ、それを持つことが庶民の豊かさの象徴のように
 宣伝された。

 我が家でも、ちょうど時代の波に流されるように、これらの電気製品が揃っていった。
 少しずつ目に見える形で、生活は豊かになっていったのである。
 中でも、テレビは、お茶の間の一番良い場所に置かれ、大切に大切に扱われた。
 父たちがチャンネルの主導権を握っていて、子どもたちがチャンネルを変えるときは、「かえていい?」
 とお伺いを立てなくてはならない。
 もちろん、画面は白黒。
 チャンネルもダイヤル式の丸いもので、今のようにリモコンではないから、チャンネルを変えるときは
 いちいちテレビのところまで行ってガチャガチャと回すのである。

 「ひょっこりひょうたん島」や「月光仮面」、「鉄人28号」、「鉄腕アトム」の時間、子どもたちはテレビに
 釘づけになった。
 当時のCMの効果は多分素晴らしいものだったに違いない。
 当時「鉄腕アトム」のスポンサーは明治製菓だったと思うが、アニメの間に放映される
 「マーブル・マーブル・マーブル・マーブル・マーブルチョコレート・・・」
 の音楽が耳をついて離れない。
 そのためかどうかわからないけれど、私たちはお菓子屋さんに行くと、母にねだって「マーブルチョコレート」
 の丸い筒を買ってもらっていた。
 チョコレートも高級菓子だったが、筒の中に入った「鉄腕アトムシール」も魅力だった。
 そのシールを私たちがどこそこに張りまくるので、父母は、わざわざシール貼り用の柱を決めたほどである。
 テレビの宣伝は子どもをして、これほど動かす力を持っていた。

 テレビは、その後進化を続け、白黒からカラーへ、ダイヤル式チャンネルからリモコンへ、丸型から四角へ、
 小型から大型へ、厚型から薄型へと変化した。
 ブラウン管はだんだん姿を消していき、これからは多分液晶とプラズマが凌駕していくのだろう。

 デジタル化が進んだおかげで、デジタルテレビはデジタルカメラ、DVDレコーダーと並んで、デジタル
 三種の神器と呼ばれるようにもなっているそうだ。
 世の中の「モノ」は、確実に変化を遂げているのである。

 しかし、私たちの気持ちやレベルはそれに沿って進化を遂げているとはどうしても思えない。
 ハードやソフトが充実しても、それに人がついていっていないのではないか。

 昭和40年頃、視聴率で最も高かったのは「NHK紅白歌合戦」。
 昭和38年の視聴率は何と81.4%だったそうだ。
 テレビの番組も少なかったから、そんなお化け番組も存在し得たのだろう。
 
 その後、チャンネルも増えて選択の幅も広がり、視聴率がそんな高い数値を取ることもなくなったのである。
 年を追ってテレビ番組はうんと変わっていった。
 しかし、なんとなくうろ覚えでしかないけれど、年代年代ではやりの番組があったことも事実である。
 どのチャンネルを回しても歌番組ばっかりの時代があったし、お笑い番組ばっかり、ドラマばっかりの時代も
 あった。
 まるで金太郎あめみたいに、視聴率が取れそうと思うと、一斉に同じ類の番組ばかり流すのである。
 つい最近までのお笑いブームからクイズ番組オンリーへの変化は、最初のうちは楽しめてもだんだんと飽き
 が来る。
 音楽番組もドラマもお笑いもクイズも、私はそこそこ好きだったのに、あまりの多さに辟易してしまった。
 飽いたころにまた、違うジャンルの同じような番組が乱立してくる、その繰り返しだ。
 ニュース番組やドキュメンタリーや天気予報が、妙に新鮮に見えてくるのだから不思議である。

 一体、テレビ局はこれからどういう番組作りをするというのだろう。
 チャンネルが増えて選択肢が増えても、提供されるジャンルが同じであれば、どんなに多チャンネルや
 双方向の通信が可能になろうと、それ程意味がない。
 テレビを見る時間は無限大にあるわけではないので、ある時間の枠の中での選択になるからである。
 
 要は、中身の問題なのである。
 テレビ離れが進むのは、そういったところに問題があるのではないか。

 今は情報を得るための方法は山のようにある。
 パソコンや携帯の普及はそれを可能にした。そんな意味でテレビはその選択肢の一つに過ぎないのである。
 だからこそ、よほど魅力がないと選択さえしてもらえなくなるだろう。
 今では、テレビの良さは、何も考えなくても見ているだけで情報が入ってくるということのような気がする。
 だからこそ、質が問われていい。

 なんだかんだ言って、やっぱりアナログはデジタルに変化するのは時代の流れなのだ。
 折角、こんな大々的な宣伝をして、嫌味に画面に「アナログ」なんて表示して、そしてデジタル放送に
 移行するというのだから、まあ「それなりの」大きな変化を期待したいものである。
 (こんなこと、デジタルテレビに変えてしまったら、絶対に言わないだろう。)

 だけど、テレビの流行り始めの頃の新鮮さがあるとしたら、作る側ももっともっと作り甲斐があるのだろうな。
 頑張れ、テレビ局。