40度の熱 | くにこ先生のコーヒーブレイク

くにこ先生のコーヒーブレイク

通りすがりのあなたに、心に残るお話をひとつ

 何故か、ほとんど病気をしたことがない。
 忙しくて、きつくて、ひどい睡眠不足でも、それでも倒れたことがない。
 大きな病気も怪我も無く、お産のとき以外、入院した経験もない。
 十二分に丈夫に産んでくれた親には、感謝するばかりである。


 記憶をたどってみると、たった一度だけ倒れて保健室に運ばれたことがあった。
 中学3年の頃のことだ。
 高校受験が間近に迫っていた頃である。
 何故そんな選択をしたのかわからないけれど、その時、高校はたった1校しか受験しなかった。
 進学校である。
 一発勝負、落ちたら中学浪人・・・絶対ありえない・・・、と思った。
 
 ひどいプレッシャーである。
 切羽詰まっていた。
 冬休みから3学期にかけて、相当無理な勉強を続けた。
 いわゆるガリベンというやつである。

 今まで何度か一生懸命勉強した時期というのがあるのだけれど、その一つが、この時期だった。
 起きている間、食事とお風呂の時間以外は全て勉強の時間だった。
 あんまり勉強しすぎて、とうとう倒れてしまったのである。

 受験前の学校の授業は、ほとんど問題を解く時間に費やされていた。
 その時間、問題用紙を前にして、鉛筆が止まってしまった。
 答えは全てわかるのだけれど、鉛筆を動かせない。
 手が書く事を拒否してしまった、としか言いようのない感覚。
 あせっているようであせっている訳でもなく、ぼうと問題用紙を見つめる。

 様子がおかしい私を見て、先生がとうとう声をかけた。
 「大丈夫かい。」
 「・・・」
 声も、出ない。

 保健委員の女の子がかけよって、私を保健室に連れて行こうと手を添えてくれた。
 椅子から立とうとした瞬間、意識が遠のき、その場に崩れ落ちてしまった。

 あんまり丈夫で、それまでほとんど遅刻も欠席したこともなく通してきた私は、倒れながら
 「わっ、たおれる・・・すごい、かっこいい(!)・・・」と思った。
 身体の弱い方に対しては、心から申し訳ない、としか言いようがないのだけれど、
 「生まれて初めて倒れる自分自身」に酔っていたのである。

 保健室で気付け薬をもらったら、なんということはない、即、元気な私に戻ってしまった。
 あーあ。
 一瞬の自己陶酔の時間だった。

 しかし、それ以来、過労で倒れた経験は一度もないのである。

 病気をしても、そこそこで治ってしまう。
 「倒れたくても、倒れてくれないんだよね・・・。」と全くもって不謹慎なことを口走るような状況が続いた。
 就職して以来、体調が悪いことを理由に講義を休んだ経験が無い。


 30歳を少し過ぎた頃だった。
 隣接する町にある看護学校に非常勤講師として出かけた日のことである。
 学校は、結構遠くて、バイクで駅まで行き、それからJRとタクシーを乗り継いで、1時間半ほどかかる
 場所にあった。
 その日、いつも通り講義をしたのだけれど、どうにも腰が痛くてしようがない。
 あんまり痛くて、帰りのJRの駅では立っていることも出来ず、プラットホームにだらしなく座り込む
 始末となった。

 おかしい。
 疲れているせいか・・・。
 
 やっとのことで家までたどり着いた。
 熱でもあるのかもしれない。
 体温計を探し出し測ってみると、なんと40度を超している。

 「40.2度!!」デジタルの数値を見た途端、腰から力が抜けてしまった。

 今まで見たことも無い体温計の数値である。
 本当におたおたしてしまった。

 「どうしよ・・・」
 とりあえず、病院に行こう。
 数値を見ただけですっかり気が動転してしまった。
 タクシーはもったいないよねぇ。ふらふらしながらそう思った私は、バイク(!)に乗って病院に
 出かけてしまった。
 
 どう考えても相当無茶である。

 「乳腺炎ですね。薬を飲んで、安静にして下さい。」
 「ありがとうございます。」
 
 薬をもらって、またバイク(!)で家に戻った。

 帰った途端、力が抜けてしまい布団に倒れこんでそのまま数日は立ち上がれなかった。
 下の子が1歳を少し過ぎた頃である。
 まだ母乳を飲ませているところだったが、ばい菌が入ったせいでひどい目にあってしまった。
 赤く腫れ上がった胸をうらめしく眺めながら、ひたすら熱が引くのを待った。
 復活して1週間後の講義にはちゃんと行けたので、結局欠勤することなく仕事をこなしたことになる・・・。

 これは、ちっともいいことではなかった、と今でも反省している。

 体調を過信しすぎて、自分の身体について謙虚に向かい合うことが出来ていない結果だったのだ、と思う。
 この乳腺炎の経験以来、「熱がある時に私は腰痛になる」ことを学んだのである。


 ほとんど病気をしたことがないので、たった数回の記憶が鮮明に残っているということなのかもしれない。
 それにしても、過信は禁物。
 もう若くはないんだから、歳相応の気の使い方をしよう。

 いやいや、若い人だって、決して無理はしてはいけない。
 身体を大事にすることは、自分を大事にすることと同じなのである。