世の中狭い | くにこ先生のコーヒーブレイク

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通りすがりのあなたに、心に残るお話をひとつ

 職場の中に移動があった。
 私立の専門学校なので職員の移動はそれほど多くはないが、この3月で1人の先生が
 他大学に転職されることになり、新しい方が入られることになったのである。
 私は福祉の学校の職員だが、もともとは福祉の専門ではなかったので、福祉関係の方達とは
 それ程顔見知りというわけではない。
 だから、今度見える福祉の田中先生(仮名です)とは一面識も無い状態だった。

 私の住む街は中都市で約60万の人口を抱えている。県単位でいくと180万人からの県民が住んでいる。
 同じ県内の方といっても、田中先生と私とのつながりは全く考えられなかった。

 新しい人間関係を作っていくことは楽しいことである。
 田中先生とも、いろいろな話をしてまた世界を広げていくことができるだろう。


 さて、先日、初めて顔合わせとなった。
 よそいきの顔はすぐに消えて、話がはずんでしまった。

 田中先生は根っからのスポーツウーマンらしい。
 全くの運動オンチの私にとっては、なかなか興味深い話が多い。
 高校時代のクラブで鍛えられた話など、まるで星飛雄馬の世界みたいだった。(古いかな・・・)
 小高い山にある長い階段を走って上り下りする話、鉄拳が飛んでくる話・・・
 スポーツ部の鍛え方は、文系でスポーツに縁のなかった私からみると、とても耐えられそうに
 ないものである。
 耐え抜いた根性って相当なものなんだろうな、と漠然と思いながら話を聞いた。

 話を進めるうちに、家族の話や住んでいる地域の話になった。
 私よりも何年か若い田中先生は、私の妹と同じ年の生まれである。
 年齢もそこそこ近いので子どもの年齢もおおよそ重なっている。
 同じ時代を生きている人なんだな、と思う。


 いろいろと話すと、共通の話題も出てくるものである。

 田中先生の子どもさんの通っていた学校は、私が非常勤講師で勤めている学校だった。
 「あらー、そうだったんですか」という話である。
 私の住む街からはずい分と遠くにある学校である。
 遠くで、学校ってたくさんあるのに、ねぇ。
 たまたまお話があって、その学校には行っているんですよ。という話。

 なんということもない話だけれど、共通の話題があったことがうれしかった。

 ところがまたまた話が進むうち、田中先生の元の職場の先生が、私が以前家庭教師を
 していた子どもさんのお父様だということがわかった。
 これも、遠くの町なのに、という話である。
 たまたまそのお父様が転勤で田中先生の勤めておられるところに行かれたという事らしい。
 珍しい私の名字でわかったのだと言う。

 そしてまたまた話が進むうち、田中先生の大親友さんが、私の娘の職場の上司だ
 ということがわかった。
 娘が就職する際、面接をしていただいた方である。
 「とっても優しくて、いい人だったよ」と娘が言っていたので記憶に残っていた人だ。
 もちろん、私はその方とも一面識もないが、不思議なご縁である。
 娘も、山のようにたくさんある企業から、そこをたまたま選んだにすぎないのに。
 ここでも、かわった私の名字でつながりが出来た。

 そしてそしてまたまた話が進むうち、田中先生の住んでいる場所が、
 私の先祖の住まっていた土地だということがわかった。
 珍しい地名のその土地は、私の曾祖父の兄弟という遠い遠い祖先が干拓事業をしたところであった。
 「○○△△ろう」って、知ってます? 
 「あ、もちろん知ってますよ。干拓した人でしょ? 地元では有名だもん」とつながった。
 もう亡くなって100年程前の人なのだけれど、私たちをかすかなところでつないでくれる。
 不思議と言えば不思議なことである。

 「なんだか、世間って広いようで狭いですねぇ。これからも、どうぞよろしく。」
 という言葉で会話は終わった。

 初対面で一面識もない、と思っていたのに意外な展開となったのである。

 ひとつひとつは「だからといって何?」といった話題ばかりなのだけれど、
 何故か結構人を結ぶ糸になっているものだ。
 糸をきっかけに、話題は広がる。
 関係も深くなる。
 人のつながりって、面白いかも。


 話さなければ、何も知らず、何も関係もなく通り過ぎる人も、
 もしかして意外なつながりがあるのかもしれない。

 ホント、世の中って不思議と狭い。