お正月に | くにこ先生のコーヒーブレイク

くにこ先生のコーヒーブレイク

通りすがりのあなたに、心に残るお話をひとつ

 小さい頃、「年が明ける」のはとてもとても大きな出来事だった。
 耳を澄ませて、遠くからかすかに届く除夜の鐘の深く沈んだゴーンという音を聞きながら、胸がドキドキしたことを思い出す。
「あぁ、ことしがおわって、らいねんがくるんだ。」

 子どもの頃って、なんと様々なことを、新鮮でワクワクと感じていただろう。
 紅白歌合戦の終わりが近づくと、母が作る年越しそばのつゆの匂いが漂ってくる。
 胸のドキドキが始まる。

「おそば食べてね。細く長くっていう意味があるからね。」
 毎年同じ言葉を聞きながら、これまた長寿の意味があるという海老の天ぷらの乗ったそばを、家族皆で食べるのである。
 そばは嫌いだったが(今では大好きになったけれど)、何か特別の意味があるような気がして、神妙に食べたことを思い出す。


 時計の秒針に目が釘付けになる。
 心の中でカウントダウンが始まる。
 掘り炬燵の布団を肩までかけて、埋まるように顔だけ出して、時計を見上げるのである。
 私達は3人姉妹だったが、顔を見合わせながら新年が来るのを待った。
 小学校低学年、幼稚園ほどの歳だったので、眠かったのではないかとは思うが、「目がすっかり冴えた」年越しの思い出しか残っていない。
 胸が痛くなるほどのドキドキ・・・・。


 テレビから、新年を迎えると同時に、
「おめでとうございます。」の声が聞こえてくる。


 あぁ、新しい年だ。家族皆が声を上げる。
「おめでとう。」
「おめでとう。」
 祖父母と父母、叔母、3人の子どもたち。当時8人の大家族だったが、小さな炬燵を皆でそろって囲んでのお正月である。 
 着物に白い割烹着姿の母が、なんとなくそわそわと台所と茶の間を行ったりきたりする様子が忘れられない。


 最近、一年が経つのが異様に早くなった。
 この前お正月だと思っていたのに、夏の日差しが眩しく、あぁ暑いなぁ、と思っていたのに、クリスマスのイルミネーションが目に入ってくる。
 なんていうこと。
 もう一年が過ぎてしまった。

 という感じである。


 何かの本で読んだのか、誰かに教えてもらったのか覚えていないけれど、一年の長さは、その人が生きてきた年数に応じての長さなのだそうだ。
 3歳の子どもにとってはその人生の3分の1が1年。 
 50歳の人にとってはその人生の50分の1が1年の長さになる、というのである。
 なるほど、納得。
 53分の1が私の1年の長さだとすると、これ程早く流れるように時間が飛び去っていくのも当たり前か。


 最近では、お正月が来るのがちっとも嬉しくない。

 仕事納めが12月の28日。
 29日は、やっと冬休みか、とほっとする1日。
 明日は大掃除が待っている、と考えながら一日が過ぎる。
 30日はお昼から大掃除をしようと考え、昼になると普通の掃除をして、それで夕方になる。
 夜はなんとなく疲れて動けない。
 31日は、おせち料理はやめようかなぁ、でも、ちょっとは作らないとお正月らしくないかなぁ。迷いながら、結局一・二品作ってお重に詰める。
 あらあら、もうこんな時間。
 お供えしなくちゃ。お花生けなくちゃ。そうこうしているうちに、夜。
 明日は、こちらの実家に新年の挨拶に行って、お昼からは主人の実家に泊まりに行こう。
 持っていくもの、準備しなくちゃ。
 次の日は、嫁に行った娘が家に遊びに来るのでまた移動。
 皆に会えるのは、こんな機会しかないから、つい強行軍になる。
 そして、4日は仕事始め。
 
 なんということはない。
 いつもより忙しい1週間が待っているだけなのである。
 バタバタとしているうちに年は明け、バタバタしているうちに休みは終わる。
 疲れるだけである。

 だけど、本当にこれでいいのか。
 確かに12月31日が終わって、1月1日になるというのは、ただ1日が過ぎるということにすぎないが、新年を迎える素敵な気持ちを思い出したくもなる。


 そう考えると、子どもの頃の新しい年を迎える感覚が実に感動的だということもわかる。
 こんなことをわざわざ書く機会でもないと、今まで、あのドキドキしながら迎えた新年の嬉しさを思い出さないというのも、何となく悲しい。
 ちょっとばかし昔を振り返って、「新しい年を迎えるということはかくも感動的なものなのだ」ことを思い出してみようか。


 時を「右から左へ受け流す」というようなことばかりやっている。

 子どもの頃のことを思い出して、今年はちょっと新年の迎え方が違った。
 ていうか・・・気持ちだけ。

 新しい年、おめでとうございます。