車、買いました | くにこ先生のコーヒーブレイク

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通りすがりのあなたに、心に残るお話をひとつ

 以前「バイク通勤」で書いたが、私は30年のゴールドカードを持っている。
 といっても、ペーパードライバーで毎日バイクしか運転しないのだから、当たり前といえば当たり前だ。

 50を過ぎたあたりから、相当バイク移動に疲れてきていた。
 免許取りたての娘と思案して、何とか車を買いたいなあと思っていたところである。

「車はいいよねえ。屋根があって。」
「これから寒くなるし・・・。雨でバイクっていうのもねえ・・・。」

 ぶつぶつと娘と主人の前でつぶやき続けた。(というのも、前に書いたとおりである。)


 偶然というものは、やはりあるのだろう。
 突然、私に新しい仕事が舞い込んで来た。隣のB市にある学校の非常勤の仕事である。
 週に1回ほど通うことになった。

 B市まではJRの乗り継ぎで通わねばならない。
 電車に乗っているのは数十分だが、駅までのバス、駅からの歩きの時間を考えると片道で2時間近くかかってしまう。
 常勤の仕事にも差し支えるので何とか時間の短縮を考えなければならない状況となったのである。

「仕事引き受けるんだったら、車買ってもいいんじゃない。」
と主人が言ってくれた。
「えー、ほんと?」
 私も娘も半信半疑だったが、あっという間に話は進んでしまった。
 学校の手続きに加え、車の選別、ローンの手続き、車の購入・・・。
 
 なんと1月もかからなかった。


 うろたえる私を尻目に、現実はどんどん進むだけである。
 あんなに私の運転を危惧し反対していた主人が、何故かテキパキ動いてくれて、様々なオプションを兼ね備えた車になった。
 小型だが、主人の趣味の釣り道具一式がきちんと入る車である。主人は嬉しそうに車をのぞいている。

「うん、なかなかいいんじゃない。」
「え、釣りにつかうの?」
「いいんじゃ。だって、きみ、土曜日は学校休みでしょ。
 今の車、大きいから燃費悪いんだよね。」
「・・・・・」

 そういうことか。
 ともかく、契約して2週間もたたず車は私の家にやって来ることになった。


 時間がない。
 休みを利用して、私は30年ぶりの自動車学校のペーパードライバー教習を受けることにした。
 あの当時マニュアル車しかなかったが、今回はオートマチックでの練習である。
 たった4時間の練習でとても運転できるとは思わなかったが、そこそこ前に進むことは出来ることがわかった。
 
 オートマの技術ってなんてすごいんだろう。
 ・・・マニュアル車だったら混乱して手と足が動かなかったに違いない。
 また、路上の練習も、それ程のトラブルもなく(一番簡単なコースだけだった!!)終了した。
「後は、ご主人に横に乗ってもらって練習すればよかですたい。」
と先生からやさしい助言を受けた。


 程なく車がやってきて、1日だけ休みを取ってくれた主人が私の練習に付き合ってくれることになった。
 私たちは、郊外の広い敷地を持った施設の中の駐車場を練習に使わせてもらうことにした。
 通りの少ない格好の練習場所である。
 外周を数回まわった後、車庫入れを練習することになった。
「ほれ、ここ、入れてみ。」
と横に座った主人はこともなげに言う。

 そんなにうまくいくはずがないじゃないの。
 30年ぶりの車庫入れは、ことのほか難しい。
 何より、車の車幅感覚がつかめないのである。
 バックでは、ハンドルをどちらに切っていいかがわからない。
 何回まわしたか分からなくなって、ハンドルがどちらの方向を向いているのか、分からなくなる。
 周りには1台も車が止まっていない広い駐車場の一角で私は悪戦苦闘である。

「おい、後ろ。ぶつかるぞ。」
「わっ、速い!!」
「どこ、止めてんの。」
・・・・・・・

 車は白線を斜めにまたぎ、切り替えしてもなかなかまっすぐ進まない。
 泣きそうである。

「きみ、運転、やめたら。」
「いやだ。」
 何回も何十回も、車庫入れの練習をしたが、何故か感覚がイマイチだ。
 車を運転する人は山のようにいるが、皆、驚くほど車庫入れが上手である。
 本当にすごい。

 道路は何とか運転できるが、車庫入れは鬼門である。
 家の駐車場でも、切り返す必要のないところで、何回もハンドルを切り返す私を見た娘は、
「かあさん、慣れるしかないよ。」
と、慰めてくれた。
 優しい子である。
 しかし、私のあまりの下手さ加減にあきれたことがありありと分かる。
 すっかり落ち込んでしまった。


 しかし、B市の学校には通わなくてはならない。
 猶予もない。
 主人は、1日付き合って疲労困憊したのか、また付き合うとは言ってくれなかった。

「ごめんねぇ。横に座ってた方が疲れたでしょ。」
「別に。」
「あのね、明日、今度の学校まで行ってみようと思うんだけど・・・、付き合う?」
「慣れるしかないんだから、一人で行ったら・・・。」

 冷たく突き放された私は、やるしかないところに追い込まれてしまった。
 意を決して、私は翌日B市の学校まで出かけた。
 片道約50キロの距離である。
 大きな道の直進しかないところなので何とかたどり着くことが出来たが、実際、恐ろしいことである。

 目的地にたどり着いた時は、体はガチガチ、髪は何故かボサボサになっていた。
 家にたどり着いた時は、頬がこけるのではないかと思うほどだった。


 毎日、車の運転が夢に出てくる。
 塀にぶつけて傷をつけたり、車庫に入らない悪夢ばかりである。
 こんなことなら、若いときから途切れることなく車を運転しておくべきだったのかもしれない。
 年を取らないと分からないことだったのだけれど。


 今日で車が来てちょうど1週間が過ぎた。
 B市には2回往復した。
 郊外の駐車の練習場まで3往復した。
 しかし、車庫入れはなかなかうまくいかず、広い駐車場で何回も切り返しながら車を止める毎日である。

 事故をおこさず、安全運転することが第一である。

 あーあ。年を取ると、慣れるのにも時間が要るのか・・・。

 ただ1つ嬉しいことは、この1週間で体重が1キロ減ったことである。