お菓子の味 | くにこ先生のコーヒーブレイク

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通りすがりのあなたに、心に残るお話をひとつ

 先日、学生のミサトちゃんとリエちゃんが実習先を訪問した帰り、学校に顔を出した。

 8月・9月は夏休みだが、学生さんはその約半分を実習に費やす。
 福祉の学校なので、実習先は老人・知的・身体・児童・精神等の施設が中心である。
 学生さんたちは、街中だけでなく、県下の様々な地域の施設にちらばっていく。

 ミサトちゃんたちの実習先は市街地を遠く離れた田舎町にあった。

 田畑の広がる空気の美味しい町である。
 自動車で出かけた二人は実習先にたどり着く手前で、町の小さなお店に立ち寄った。
 お昼ごはんを食べていなかったので、お弁当かパンを買おうと思ったのである。
 古びた茶色の看板に『田村商店』と書いてあったので、何か置いてあるだろうと中を覗いた。
 木造平屋建てのお店は、今どき珍しい土間づくりで、小さな棚に商品が並べてある。
 乾物やお菓子、野菜や果物、小物や雑貨といった何でも屋さんのようだ。
 片隅に小さなガラスのケースがあって、中に袋に入ったパンが数個だけ置いてある。

 賞味期限ぎりぎりのようだが、仕方ないか。

 田舎の空気と土のにおいのする店内には、誰もいない。

 「ごめんくださーい。」と声をかけると、しばらくして奥から小さなおばあさんが、ゆっくりした足取りで出てきた。80歳近くに見える。

 「はい、はい。」
 「パン下さい。」
 「はい、はい。どれな。」
 「これ、2つ下さい。おいくらですか。」
 「2つで、200円ね。」
 「はい。1000円からいいですか。」
 「はあ、ちょっと待ってな。」

 おばあさんはまたゆっくりした足取りで、店の奥に引っ込んだ。
 うーん。長い。

 またしばらくして、おばあさんは小銭をしっかり握りしめて戻ってきた。
 「500円玉のなかけん、小銭でよかね。」
 「はい。」
 差し出したミサトちゃんの手に7枚の100円玉と10枚の10円玉がのせられた。
 「あーたたち、どっから来なはったと?」
 「市内からです。」
 「やっぱ、そぎゃんたいなぁ。垢抜けとんなはるもんなぁ。これから、どこ行きなはるな。」
・・・・・・・

 会話は終わらない。
 いつの間にか、世間話から孫の話までいってしまった。
 ミサトちゃんもリエちゃんも優しい子だから、長い話に付き合うことになった。
 どうも、おばあさんに気に入られたらしい。

 「ちょっと、待ってな。」とおばあさんは、また店の奥に入ってしばらくして手にティッシュの包みを持って戻ってきた。

 「飴玉のあったけん、ひとつばってん、あーたたちにあげるな。」
 「あ、ありがとうございます。」
 「ほれ、食べなっせ。うまかばい。」
 ・・・・・・・
 「今から、ちょっと急いで出ないといけないんで、車の中でいただきますね。ほんとにありがとうござ  いました。」
 「そうな。また寄ってな。」
 「じゃ、失礼します。」
 「はい、はい。気い付けてな。」

 おばあさんは、車が出るまで外で見送ってくれた。

 ミサトちゃんたちがもらった飴玉は、ニッケ玉の大きいもので、表面が湿っていたのかティッシュに張り付いてしまっていた。
 おばあさんの気持ちは受け取って、飴はそっと車のゴミ箱に捨てた。

 ありえないくらい超古い店だったんですよぉ、と彼女たちは口をそろえた。
 何だか、よく見ると置いてある品物にカビが生えてるみたいだった。
 今の時代、あんなとこ、あるんですねぇ。ほーんと、びっくりしたぁ。

 超現代っ子のお化粧ばっちり、ミニスカートのミサトちゃんは、長いまつげをばたばたさせながら話をする。
 二人は「ありえなーい」を連発した。

 それでも、彼女たちはおばあさんと話をし、飴玉をもらって帰ってきた。
 おばあさんは珍しい若いお客さんたちといろんな会話を楽しんだ。
 それでよかったのだ、と思う。


 今から半世紀ほど前になるだろうか。
 小学校に上がる前の私は、母に連れられて田舎に出かけた。
 母は、あの家だよと田んぼの向こうの家を指差した。母の郷里のお世話になった田中さんの家だという。
 あぜ道の際には大きな肥え壺が2つほど並んでいて、ひどい臭気を辺りに撒き散らしていた。
 まわりをぶんぶんと黒いハエが飛び回っている。

 その頃は、街中と田舎ではずい分とくらしの様子が違っていた。
 今では、ミサトちゃんが経験したような古いお店は姿を消しつつあり、どんな山奥にもコンビニが建つようになっている。
 都市化の波は何も都会だけのことではない。

 しかし、当時は、農村と都市は歴然とした差があり、子どもの目にもそれは分かり易く映った。
 私も、その時今のミサトちゃんたちと同じようなカルチャーショックを受けたことがある。

 田中さんは、いくつもの田んぼをもっている大きなお家だった。
 木造の大きな家にはとても広い土間があって、私たちは家の裏からそこに入った。
 おじさんもおばさんも日焼けして、いかにもお日様の下で働いていますよ、という雰囲気だった。

 「よう、きなさったな。ゆっくりしていきなっせ。」
 「むぞらしかなぁ。(かわいいなぁ)お母さんの小さか時そっくりたい。」
 「ちょうどよかった。いーま、いきなりだご(団子)の出来たところたい。ちょっと待ってな。」

 おばさんは、走って土間に続く台所に姿を消した。
 ほんの少しして、おばさんは皿に団子を山盛りにもってやって来た。
 「いきなりだご」は郷土菓子で、サツマイモと小豆餡を小麦粉で包みふかした団子である。
 表面が薄黄色く透明でつやつやして、とても美味しいお菓子だ。

 「ほれ、食べなっせ。今出来たばっかりだけん、うまかよ。ほれ、どうぞ。」

 差し出された皿を見て、私は一瞬戸惑った。
 薄黄色いはずの団子がまだらに黒いのである。小豆の粒ではない。
 よく見ると、黒いハエが山のようにとまっているのであった。

 目をまるくして固まって、手を出せないでいる私に向かって、おばさんはニコニコ笑いながら言った。

 「吹きなっせ。吹いて食べてごらん。おいしかよ。」

 目で横にいる母に助けを求めたが、ただ母もニコニコ笑っているばかり。

 「なーん、遠慮しよんね。遠慮せんでよかですたい。」
 「ほら、どうぞ。」

 おじさんとおばさんの優しい笑顔に答えなければ悪いと、子どもながらに察知した。
 おそるおそる手を差し出し団子を掴むと、ハエは一斉に飛び立ち2,3匹を残すばかりとなった。
 ふうと吹くと、ふわふわとハエは飛び立った。

 目をつぶってかぶりついた団子は、甘く美味しかった。

 同時に団子を口に入れた母は、すかさず言った。
 「ホント、美味しいですねぇ。お芋は自家製でしょう。」

 「そがんですたい。出来立てはうまかですもんなぁ。」
 おじさんは思いっきり顔をほころばせ、おばさんも横で笑いながら頷いた。