ご近所付き合い | くにこ先生のコーヒーブレイク

くにこ先生のコーヒーブレイク

通りすがりのあなたに、心に残るお話をひとつ

 近年、我が家の周りはすっかり様変わりした。
 地域の高齢化とともに、周りの古い家並みは姿を消し、アパートやマンションの立ち並ぶ町へと変貌したのである。
 古くからの住宅街の一角にあって、以前は周りの人たちは皆知り合いだった。
 今では、隣の新しいアパートにどんな人が住んでおられるのか全く知らない。


 1960年代。

 「くにこちゃーん。お電話でーす。」
 道を挟んで向かいの家の中村さんが走りながら、窓の外で私を呼んでいる。よく通る澄んだ声だ。
 「はーい。」と答えながら、私は玄関に置かれたサンダルに足を突っ込み走り出す。
 ばたばたと隣の家に入り込むと、玄関の片隅にある造りの良いこげ茶色の台に黒く光る電話が受話器を横にはずして置いてある。

 クラスの連絡網だった。明日の遠足は雨で中止です。そうなんだ。次の人に連絡しなくちゃ。
 「すみませーん。お電話お借りします。」
 「あ、どうぞー。」
 向こうの居間から中村さんの返事が聞こえる。

 クラス名簿を見ると、半数が呼び出し電話になっている。
 まだ、裕福な家庭にしか電話は無く、ご近所の電話を借りることは珍しいことではなかった。
 お醤油やお砂糖が足りなくなると、ご近所に声をかけて借りに行く。
 お茶を摘むために近所の叔母様方の力を借りる。総出で餅つきをする。

 思い返してみると、以前のご近所付き合いは生活の様々な場面で見られ、機会も多かった。

 何より、仲が良かったし(子ども心に良く見えただけかもしれないが)子どもに対しても誰かれと無く言葉かけをする雰囲気があった。

 茶摘みの時は大きな部屋いっぱいに茶葉を広げて山を作る。
 和手ぬぐいを姉さん被りにし、白い割烹着をつけた叔母様たちは、葉をかき混ぜながら日がな一日とめどもなくおしゃべりをするのである。

 ただ、考えるに、それなりの大変さは抱えていたのではないかと思う。
 人との関係が密な分、プライバシーに立ち入った話も出てくるし、それからなかなか抜け出すことができない。

 誰とかさんのお嫁さんがお姑さんと仲が悪くて、この前はこんなことで喧嘩して大変だったそうだ・・・とか、あそこの旦那さんは仕事を移ったらしい・・・とか、うわさが立つと大変である。

 わずらわしいこと、この上ない。
 うわさに対してタフでないと、厳しい世界でもある。

 日本の高度経済成長は地域の有り様も激変させた。
 私の町も例外ではない。地域のつながりは急速に衰え、ご近所付き合いも必要最低限へと減っていった。
 叔母様たちは年を重ね、地域の高齢化はずい分と進んだ。
 
 あの当時茶摘みや餅つきで元気だった方々も、亡くなられたり、病気になられたりしている。
 もちろん元気な方達も多いが、近所で何か共同で行事に参加するということはほとんど無い。
 そして、地域の老人会での旅行も以前の賑わいは姿を消している。

 子どもたちも数が少なくなった。
 私の小さい頃、10人ほどで徒党を組んで外で遊びまわっていたことを思い出す。
 放課後になると、小学校の上級生のお姉さんが小さい子を引き連れて遊んでくれたものだった。
 今は、公園を眺めても子どもの姿はほとんど無い。
 子どもを連れて遊ぶお母さんの姿も無い。
 働くお母さんが増えてきている現実を目の当たりにするこの頃なのである。


 町内会の回覧板は回ってくる。
 しかし、交通安全の呼びかけや、共同募金のお知らせ、校区の体育大会のご案内等の内容で、押印しては手元を通り過ぎていく。

 単発の子ども会の新茶の販売も、子ども同士の交流を豊かにするとは思えない。
 地域の関係を強化しようと様々な取り組みはなされているようだが、底辺から解体していったつながりを取り戻すことは容易なことではないようだ。


 中村さんとは、今も若干のお付合いをしている。
 もちろん、道で会えば「こんにちは。」「あら、どこかお出かけですか。」「はい。ちょっとそこまで。」などという会話が中心なのだが。
(このような会話を交わす人も、うんと減ってしまった。)

 昔ながらのお付合いもぼちぼちと続けている。

 私の主人の趣味は海釣りで、ごくたまに大漁のときがある。
 アジやヘダイやチヌ、たまにはマダイの大きなものも獲物として持って帰ってくる。
 釣ってきた魚は、とても一度に食べきれないので、お腹出しをしてご近所に配るのだ。

 隣に住む両親、道向かいの中村さんを始めご近所2~3軒に配るとほぼ無くなってしまうが、
 「ほんのちょっとですが、どうぞ。」
 「有難うございます。まあ、こんなにいただいて。お料理までして下さって。」
 「いいえ。」
 「ご主人様に、どうぞ、よろしくお伝えくださいね。」
 「有難うございます。」
 ・・・毎回、同じ会話が繰り返される。

 それだけの交流であっても、ずい分深くお付合いをしている感じになるのが面白い。

 中村さんからは、お魚のお返しにと毎年美味しい豚肉のかたまりをいただく。
 そのまた隣の江崎さんからは、お返しの果物をいただく。
 ご近所付き合いで、お魚は別のものに変身するのである。