夜の異常透明 -14ページ目

0411【 種を蒔いていくこと 】

 

4月11日。

 

友人に誘われて、

福島市に住む友人の誕生日を祝いに行ったら

誘ってくれた友人も誕生日だった。

自分のことのように嬉しかったなあ。

おめでとうございます。

 

今日は少し雰囲気を変えて。

感じたこと、想いを綴ります。

 

 

 

焦ったり、イライラするとき。

一体、自分が何をしているのか

きちんと問うてみることが

大切かもしれないなあと

私は思います。

 

自分が今、

種を蒔いているのか。

育てているのか。

それとも収穫しているのか。

 

意識せずに生きていると、

種も蒔いていないのに

収穫しようとしたり、

蒔いた種から芽も出ないうちに

掘り返してしまうことがあります。

 

本来なら、

種を蒔いているときは

とっても楽しみなはず。

何が実るかなあ。

 

育てているときは、

悪天候がちょっぴり心配だけれど、

やっぱりどんな風に育つのか楽しみ。

想いの分だけ大きく。

 

収穫のときは、

それはもう大きな喜びでいっぱい。

自分で育てた作物を自分で食べるのは

本当に気持ちがいいこと。

 

もしかしたら、

収穫前に病気にかかったり、

傷んだりしてしまったかもしれないけれど、

一生懸命育てた命なら

せめて食べられるところだけでも

味わって食べることが大切。

おいしいはず。嬉しいはず。

 

他人が育てたものもおいしいけれど、

やっぱり自分で育てたものは特別、格別。

 

十分な時間をかけて育てたい。

でも、未熟なまま収穫するしかない。

そんな場面も、時々訪れます。

 

けれども、

いつもたくさんの種を抱えて

日々蒔いている人たちは

その程度では決してくじけたりしません。

 

芽が出ないからと言って

いちいち落ち込んだりしないし

大事に育てようと向き合った想いがあるから

悲しいけれど、苦しくない。

 

自然を肌で感じながら、

その子にとって一番いい季節を見つけ出す。

それが楽しみ。

 

そうやって日々を営む人たちは、

祈ることになります。

 

なるべくなら良き日々が多くありますように。